悩んでコケて挑戦して 哲人経営者、最後の勝負(上) 小林喜光 三菱ケミカルホールディングス社長

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袋小路の出口はイスラエルにあった。小林は博士課程の1年目、ヘブライ大学に国費留学する。専攻した放射線化学で世界有数の水準だったこともあるが、それ以上にユダヤ民族に引き付けられていた。

ユダヤ民族は「亡国の民」として世界中に離散しながら、2000年の時を経て再結集しイスラエルという国家を作った。科学や芸術の大天才を輩出する、あのユダヤ民族の圧倒的なエネルギーはいったい、何なのか。生きることに悩み続ける小林にとって巨大な謎だった。

イスラエルで実感したのは強烈な選民意識だ。エリートを生むための徹底した教育。学者の頭の中で宗教と科学が矛盾なく共存していることも新鮮だったが辟易もした。

「啓示」は意外なところから舞い降りた。留学を機に、親の勧めるまま学生結婚した小林が新婚旅行を兼ねてシナイ半島に遊んだときのこと。

目の前は一面の砂漠。がれきや砂以外、何もない。灼熱の太陽がジリジリ照りつけ蜃気楼が揺れる。そこに、黒いショールをまとった一人のアラブ女性が黒い2匹のヤギを連れて歩いていく。それを見て全身を衝撃が貫いた。砂漠という「無」のただ中で、確かに生きている。美しい。シャッターがパシャッと下りるように、光景が頭に焼き付いた。

「存在って、すげぇな。生きるってものすごいことだな」。吹っ切れた。「生きてみよう」。それもどうせ生きるなら激しく徹底的に。

 

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