『仁義なき日本沈没』を書いた春日太一氏に聞く 身につまされる映画史を描きたい

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家から近いという理由だけで、日大芸術学部(日芸)に行きました。ロクに学校の中身を知らずに受けたんです。それだけに、1~2年は所沢校舎と入学後のガイダンスで初めて聞いたときの絶望はすごかった。まさか2時間もかけて埼玉まで行くことになるとは。ただ、日芸に来たからには映画の道を突き進もうと。一番会いたい人に会おうと思った。で、

当時、ゆうばり映画祭では夏にワークショップをやっていた。その年のワークショップは豪華で、講師が石井輝男監督、長谷川和彦監督、廣木隆一監督。とくに、ぼくは、石井輝男監督の名画座でみたエログロ映画とか『網走番外地』(1965~1967)が大好きだったので、とにかく石井監督に近づこうとした。それで、あの手この手で近づいて「働かせてください」と。すると、「ああ、いいよ」とかんたんに言ってくれて、その後は20歳の頃ですが石井監督の家で書生をやっていたんですよ。

--石井輝男監督の弟子になったんですね。

というより労働力ですね。ちょうど、石井輝男監督が『地獄』(1999)の脚本を書いているときで、その手伝いをずっとやっていました。でも、ようはアイデアが浮かばないときのストレス解消要員です。監督の気が紛れるよう、いろんな雑用をやりましたね。これまでもいろいろあって、みんな逃げちゃったところに弟子にしてくださいと来たものだから、「カモが来た」ようなもんです。

「地獄」のオーディションの司会をやったり、1次審査もやりました。それから、「地獄」のオープニング映像で出てくる石井プロダクションというハンコも、ぼくがつくりましたよ。

ただ、いろいろあって、映画がクランクインする前に、監督とは別れました。そのときにわかったのは、作り手の狂気というものを目の前でみて、ぼくにはそれがないということ。たくさんの人間を引っ張っていく監督には狂気が必要。その狂気がない人間は映画をやるべきではないと。

あの人にはひどい目にあいましたが、ひどい目にあわせるくらいでなければ、いい映画はつくれない。憎みましたが、尊敬しているところもそこなんですね。

で、そこから離れて、脚本家を目指すようになった。脚本の学校に通い、勉強した。それで、学部を卒業する頃にはテレビドラマの企画書を書いたり、プロット書きの下働きをテレビのプロダクションでやったりもしました。

大学3、4年になり、江古田校舎に戻ったが、やはり面白くない。ところが、日大芸術学部は映画の専門学校なので、図書館だけはすごいんですね。それこそ、(脚本家の)菊島隆三とかが昔教授をやっていて、自分が昔書いたものや、書庫にあったものを学生たちのためにと寄贈してあって図書館にたくさんある。

 「キネマ旬報」も戦前から全部あるんですよ。それで、毎日、キネマ旬報を読み漁った。頭から後ろまで。おそらく2年間でキネマ旬報は1930年代くらいから80年代くらいまで全部読みました。

--本の中でもキネマ旬報の引用が多いですね。

どこに何が書いてあるのか、だいたいは頭の中にありますからね。だから、あとで調べなおすときに、あれとあれを調べればいいなとわかる。この本(「仁義なき日本沈没」)でも引用していますが、意外に藤本真澄(東宝映画社長)とかの生の証言とかが載っている。毎年、年の頭には大手5社の各社長のコメントが載ったり、製作部長のコメントが載ったりしていた。実はキネ旬は70年代くらいまで業界誌だったんですね。

あれを読むと、みんな目がいくのは、白井佳夫などの評論だと思うんですが、実は片隅にちゃんと業界誌として、毎週5社の興行成績を実数で出している。

研究の道に進んだのも、ただの成り行きです。学部3、4年の時は、ちょうど就職氷河期のど真ん中で、全部落ちて、ゼミの先生に泣きついて大学院に残らせてもらったんですね。

 

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