『仁義なき日本沈没』を書いた春日太一氏に聞く 身につまされる映画史を描きたい

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出版社でいうと、編集の部門だけを編集プロダクションとして切り離すことと同じですね。では、それだけでやっていけるかという。やはり、現場で人間を抱えていると、それは厳しいわけですから。

 それは、どの社会でもいえるんだろうなと思います。

--詳しくない方でも映画史を理解できる本ですね。

書く際に気をつけたのは点にしないということでした。現場スタッフの話ばかりを書くとただのエピソード集になってしまう。司馬遼太郎の小説がいつも頭にあるんですが、新撰組の隊員を描くときや、竜馬を描くときには、後ろにはいつも時代の大きなうねりがある。たとえば、新撰組でも、まず、会津松平家やそれを動かした幕府の動きをキチンと押さえています。だから分かりやすく生き生きと時代を伝えられるんだと思うんですよ。

マニアックに点を追いかけていくだけではなく、絶えず俯瞰をもつ。時代が人を動かしているのだから、いつもどっちの視点ももつこと。マニアックにならないように、ぐーっとカメラを引きながら、自分自身がその時代に生きている人と空気を共有する。それをいつも考えながら書いています。

だから、本のテーマによって視点を変えているんです。『時代劇は死なず』(2008、集英社新書)は撮影所ごとに描き、『天才 勝新太郎』(2010、文春新書)では勝新一人を現場スタッフたちの目から追いかけました。

 そして、この『仁義なき日本沈没』では東宝と東映、それぞれの現場と会社の関係性。どこに視点を置けば、テーマとなる時代の空気を分かりやすく表現できるか。そこから構成を考えています。構成を考えるまでが頭脳労働で、書く作業は肉体労働ですね。

勝新を書き始めたとき、なかなかうまくいかず、文春の担当者の方に、誰かノンフィクションの作家の書き方を真似したらどうですかと薦められた。確かにそうだな、でも、僕の好きな佐野眞一さんとか魚住昭さんとか素晴らしいノンフィクションの方がいますが、ふと思ったのが、司馬遼太郎が一番合うのではないか、と。

 司馬さんってノンフィクションの手法で歴史小説を書いていますから。時代のベクトルを過去に戻して、50年前なら勝新だけど、400年前だと関ヶ原だし、150年前だと新選組血風録だなと。つまり、関ヶ原や新選組的なアプローチで勝新の一生が書けるのではないか。

 ノンフィクションというジャンルにとらわれずに、ある部分は小説的な書き方をしてみようと。それが勝新のときにぴたっとハマったので、そこからは司馬遼太郎を絶えず意識して書いています。

■本書が出て、多くの感想で指摘されたのが、若い筆者が古い映画史にやたら詳しいこと。どういうキャリアを歩んできたら、この本が書けてしまうのか。デビュー作となった「時代劇は死なず」誕生までの春日さんの足跡も聞いた。

--77年生まれなのに古い映画をよくご存知ですね

小学生の頃から池袋の文芸座に通っていました。当時は親に連れられて、1週間の黒沢明特集があれば毎日行ったり。それで、高校に入る頃には1日に何本もはしごして、年500本とか観ることに。大井武蔵野館や新宿昭和館といったマニアックな名画座が中心でしたね。当時は大きなビデオショップもなかったので古い映画を見るには映画館に行くしかなかったんです。

それでちょうど人生悩んでいるとき。大学浪人時代にTSUTAYAの恵比寿店ができた。ほぼ同時期に『映画秘宝』(洋泉社)が始まる。いまと違ってムックだった頃で、こんなすごい映画があるんだよと教えられた。それまで、ただ漠然と量を見ていたのが、その意味や見方を提示してくれた。それで恵比寿のTSUTAYAへ行くと、そこで触れていたマニアックな洋画が置いてあるんですね。ヤコペッティとか。それを借りまくりました。

 

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