「哲学は万人に必要」は、マヌケな幻想だ ほとんどの人には、役に立たないどころか害

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こう何度も確認したあとにやっと言えることですが、とはいえ、哲学は油絵やピアノとは異なって、「普遍的」な側面も持っている。私は「いる」のか、世界は「ある」のかという問いは、やはりよくよく考えれば誰にとっても重要な問いなのかもしれない。よくよく考えないから、私は「いる」、世界は「ある」と思い込んで、そのまま死んでしまうのであり、それは、愚かなことだ……。こういう図式がすぐに出てきます。

しかし、この図式がある程度は説得的であるとしても、一生ピアノを弾き続けることを、油絵を描き続けることを強制できないように、一生哲学し続けることは誰にも強制できない。

というわけで、やっと今回のテーマに舞い戻ります。哲学をしなければ生きていけない人、死んでしまうだろう人は極小(多く見積もっても1万人に1人くらい?)であって、他人が何と言おうと哲学をするはずですから、放っておけばいい。そして「哲学は万人に必要だ」というマヌケ発言を鵜呑みにして哲学を始める人は、その当人もマヌケなはずですから、これも放っておいていい。哲学を始めてもすぐに止めるでしょうから、安全無害です。

哲学塾は「駆け込み寺」

問題は、この両者の狭間にいる少なからぬ数の人々です。哲学をしなければ生きていけないほどのこともない。何もかも打ち捨てて専門哲学家として生きていくだけの踏ん切りがつかない。踏ん切ったとしても将来職業哲学者になれる見込みは限りなく少ないのだから、ほかの手段で生活の糧を稼がねばならない。とはいえ、社会の掟にがんじがらめになって生きるのは厭だ。私は「いる」のか、私は死後無に「なる」のか、世界は「ある」のか、善悪は「ある」のか……という疑問から離れて生きていたくはない。いつも、それを考えて生きていたい。しかし、このまま自滅したくはない。社会から葬り去られたくはない。

すべて調査したわけではありませんが、こういう人々が「哲学塾」の門を叩き、そのごく一部が留まっているのだと私は思っています。

とはいえ、実際はほとんどの希望者をさしあたり受け付けています。面接してどんなに自分の哲学に対する「真摯な態度」を述べても私は信じないのであり、1度、2度、3度と聴講が重なっていくうちに、その全態度を通じて私には聴講者の「心」が読めてくるのであり、聴講者自身も聴講を重ねていくうちに、自分は本当に哲学を求めているのか、哲学に何を求めているのか等々が次第にわかってくるのではないかと思うからです。

ですから、哲学に何かを求めている人は、とにかく1度気楽に来てみてください。そして、積極的に失望した場合はもちろん、ただなんとなく自分の求めていたものと違うと感じたら、すぐにやめて結構です。すでに述べたように、私は万人にとって哲学が必要とは微塵も思ってはいませんので、ただ「性が合わなかった」のだなあと思うだけです。

でも、また来たければ、何の理由もいりませんので、いつでもどうぞ。入塾料3000円は一生涯(「哲学塾」が続く限り)有効です。ちょっと気どって言いますと、「哲学塾」は「駆け込み寺」あるいは「シェルター」のような所であればいいと思っています。文字通り、「普通の社会(娑婆)」が耐えがたくなったら、「駆け込んで」くればいいのであり、また娑婆に出たくなれば出ればいいのであり、そして揉まれて厭になったら、また「駆け込んで」くればいい。これをずっと続けているだけでいいのです。

中島 義道 哲学者

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なかじま よしみち / Yoshimichi Nakajima

電気通信大学元教授・哲学塾カント主宰
1946年福岡県生まれ。77年東京大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。83年ウィーン大学基礎総合学部哲学科修了、哲学博士。専門は時間論、自我論。2009年電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科教授を退官。現在は「哲学塾 カント」を主宰し、延べ650人が参加した。著書は『働くことがイヤな人のための本』『私の嫌いな10の人びと』『人生に生きる価値はない』(以上、新潮文庫)など約60冊を数える。

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