政治生命を懸け不退転の決意でやるべきは「国民への説明」

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政治生命を懸け不退転の決意でやるべきは「国民への説明」

塩田潮

 野田佳彦首相が24日、講演で消費税増税法案について「政治生命を懸けて今国会で成立させる意気込みで」と述べたという。

 公の場での「政治生命」発言は1月14日のテレビ東京の番組出演に続いて就任後2度目だ。政治生命は、政治家としての命、エネルギーの源泉という意味で、「政治生命を懸けて」は、首相が使ってきた「ネバー・ギブアップ」「不退転の決意」という言葉よりも数段強い決意の表明と言っていい。日本では首相は政治家の最高位で、後がない。現職首相が「政治生命を懸けて」と言明すれば、首相の座を懸けるだけでなく、政治家廃業も覚悟して取り組む決意、と受け取るのが自然な解釈である。

 野田首相は2度も口にしたのだから、固い決意は額面どおりで、それは国民にも伝わっていると見ていい。問題は首相のアピールとメッセージが決意と覚悟の表明だけにとどまっている点だ。

 なぜいま増税に政治生命を懸けるのか、その説明が著しく不足している。

 予算編成ができない、債務危機の危険性がある、国債の国内消化もまもなく限界、埋蔵金も底をつくなどと言われているが、歳出削減の余地も含め、首相自ら具体的数字を挙げて国民に実態を示す必要がある。3~5%の税率引き上げはその分、国民に生活の切り下げを強いることになるが、国民生活や産業はどの程度、影響を受けるのか、財政再建と経済再生にどれだけ役立つのか、こちらも説得力ある説明が不可欠だが、十分ではない。

   演説力が売りだが、実は幅広い視野や政策の理解力に欠け、説明能力に難ありと見る人もいる。覚悟と決意の安売りは松下政経塾出身者に多いパフォーマンス型政治家の得意業という辛口評もある。

 遠望深慮・用意周到型の野田首相は、もしかすると作戦上、具体的な説明を回避または先送りしているのかもしれないが、だとすれば、考え違いしている。

 現在の眼前の敵は与党内の反対派だが、実は最大の抵抗勢力は国民の中の増税反対派・消極派だ。その壁を克服できなければ、増税実現の前に野田首相は憤死を余儀なくされるだろう。

 政治生命を懸けて、不退転の決意でやるべきことは「国民への説明」である。
(写真:尾形文繁)
塩田潮(しおた・うしお)
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
塩田 潮 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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しおた うしお / Ushio Shiota

1946年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
第1作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師―代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤』『岸信介』『金融崩壊―昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『安倍晋三の力量』『危機の政権』『新版 民主党の研究』『憲法政戦』『権力の握り方』『復活!自民党の謎』『東京は燃えたか―東京オリンピックと黄金の1960年代』『内閣総理大臣の日本経済』など多数。

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