(第80回)水戸黄門様のくすり(その2)

山崎光夫

 “黄門版家庭療法集”の『救民妙薬(きゅうみんみょうやく)』は、江戸時代初期の健康・医薬事情を知る上で貴重な資料だが、その内容は現代でも役に立つ情報が収集されている。黄門様には、庶民を案じ、無事を祈るという発想があった。

   日常的な病気に対して民間療法的な治療法が紹介されている。

 解毒(注・毒消し)を含め、胃腸系に対するトラブルについての対応法が数多く記載されている。

 たとえば、腹痛や食あたりには、胡椒(こしょう)2、3粒を毎朝飲めば、症状はおさまり、予防もできるとすすめている。
 また、葛粉(くずこ)、きはだ(ミカン科きはだの樹皮)、胡椒の3種を粉にして混ぜて用いる方法もある。

 おなかをこわしたときは、粥(かゆ)を用いてはならない。茶漬けか湯漬けがよろしいとしている。

 風邪の対策法を知りたいところだが、残念ながら記述されていない。
 頭痛には、海白菜(わかめ)を煎じた液で髪を洗うのがよい、と出ている。

 ところで、この黄門様、進取の精神に富んでいて、日本で初めてラーメンを食べた人物と記録されている。
 中国・明(みん)からの亡命儒学者、朱舜水(しゅしゅんすい)が材料を揃えて作ったようだ。
 黄門様の好奇心には学ぶべきものがある。伝統を重んじつつ、新規を取り入れ実生活に活かすのは時代を越えて重視される。
 今やラーメンはコメ、パンに次いで日本の第3の主食となった。

 朱舜水は黄門様の命にしたがい、江戸・水戸藩邸に庭園、小石川後楽園を設計した人物でもある。
 後楽園は今日でも東京ドームの横に残っていて見学できる。明治新政府からみれば、謀叛の張本人、仇敵の徳川御三家。それでもなお明治維新後、破壊をまぬかれ、380年余を経て往時をしのぶことができるのは奇跡ともいえる。

 黄門様はこの庭園を愛(め)でながらラーメンをすすったのだろうか。当時、ラーメンは最先端のグルメメニューだったに違いない。後楽園はラーメンの聖地といえそうだ。
 現代では、塩分が濃く、脂っこいラーメンは健康食のイメージからほど遠い。だが、黄門様は72歳と長命だった。

 黄門様がラーメンを好んでいたとしたら、“黄門ラーメン”が、黄門様特製の健康仕様で作られていた可能性がある。
 さらに、食べ過ぎても、『救民妙薬』に記載の食傷の治療法でしのいでいたのかもしれない。

 三つ葉葵印の“黄門ラーメン”を味わってみたいものである。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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