プレイボーイ誌がヌードを「捨てる」ワケ 男性誌が肌の露出を控えて得るものとは

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プレイボーイの発行部数は1975年には560万部を誇ったが、今では約80万部。後発組の類似の雑誌の多くも姿を消した。成人誌に関する細かいデータはないが、現存する雑誌も細々と続いているのみで、たいていは専門店でしか手に入らない。

最も有名なライバル誌だったはずの「ペントハウス」は、ネットとの競争に勝ち抜こうとさらにきわどい路線に走ったが、立ち直ることはできなかった。

米文化への強い影響も過去の話

『プレイボーイ』の創刊者のヒュー・へフナ-氏(Monica Almeida/The New York Times)

これまでもプレイボーイ・エンタープライゼズはてこ入れの努力をしてきたが、長続きはしなかった。また、フルヌードがなくなったからといって「女性を食いものにしている」というプレイボーイへの批判はなくならないだろう。

だが同社によれば、同誌のロゴはアップルやナイキと並んで世界でもっとも認知度の高いもののひとつだ。フランダースによれば今後、「バイス」などの新興メディアと競争していくにあたり、同誌は「ヌードをなくしたらプレイボーイに何が残るのか」という重い問いに答えを出そうとしたのだという。

最盛期におけるプレイボーイの影響力がどれほど強かったかは、メディアがネットに蚕食された現代では想像することさえ難しい。目の不自由な人々に対し点字版のプレイボーイが提供されないのは、言論の自由を定めた合衆国憲法に違反するとの判決が下りたことすらあるのだから。

プレイボーイはカナダの女流作家マーガレット・アトウッドや村上春樹の小説を掲載し、公民権運動指導者のマルコムXやマーティン・ルーサー・キング師、『ロリータ』の作者ウラジーミル・ナボコフといったそうそうたる顔ぶれにインタビューした。ジミー・カーター元大統領が同誌のインタビューで、心の中で妻以外の女性に欲情したことがあると答えたのは有名な話だ。

歌手のマドンナや女優のシャロン・ストーン、モデルのナオミ・キャンベルも、人気の絶頂期に同誌のグラビアを飾った。売上部数の最高記録は1972年11月号。700万部以上を売り上げた。

一部の人々にとってプレイボーイは、腹立たしいが気になる存在でもあった。女性解放運動家の先駆けだったグロリア・スタイネムは、ヘフナーが経営する「プレイボーイ・クラブ」にウエイトレスとして就職、潜入取材を行って『プレイボーイ・クラブ潜入記』(1963年)を発表した。

1953年の創刊号の表紙を飾ったのはマリリン・モンロー。ヘフナーが自分の好みで選んだのだ。プレイボーイは18〜80歳のあらゆる男性のための雑誌だと、ヘフナーは創刊号の編集後記に書いた。だが、第2号が出せなかった場合に備えて、創刊号には日付を入れなかった。

報道や文芸の伝統は守る

出版社タッシェンの編集者で、男性誌の歴史に関する大著のあるディアン・ハンソンはヘフナーについて「アメリカにおける生活やライフスタイル、セックスの種類といったものの方向性を大きく変えた」と語る。「だがヌード抜きでプレイボーイはどこに向かうのだろう」

だが今回の誌面リニューアルはずっと実利的なものだ。電子版へのアクセスを増やすには欠かせないフェイスブックやインスタグラム、ツイッターといったソーシャルメディアとの連携に配慮し、以前から職場でも見られる内容のコンテンツも作っているとフランダースは言う。

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