なぜ病んだわが子を「殺して」と懇願するのか 身内の厄介なものを排除しようとする親たち

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第1章では教育について考え、第2章以降で制度について考えた。壮絶なドキュメントから始まり、現状への問題提起、そしてそれに対する提言。この凄みある現場からの声を、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。内憂外患という言葉があるが、安保法制も大事だが、精神保健福祉法も大事ではないか。対外的な「平和」ともども、これまで当たり前だと思われていた「穏やかに暮らせる環境」が、実のところは砂上の楼閣にすぎない、ということを本書はあらためて気づかせてくれる。

治らないなら、殺して欲しい……

過度の教育圧力に潰れたエリートの息子、酒に溺れて親に刃物を向ける男、母親を奴隷扱いしゴミに埋もれて生活する娘……。ドキュメントで紹介されるのは、親も病院も扱いきれず、警察のお世話になる一歩手前のグレーゾーンにある人たちだ。事ここに至っても親たちは、専門家に任せればすぐに元のいい子に戻ると信じているそうだ。著者が長期戦になることを告げると、ならばカネは払えないと逆上し、治る見込みがないならむしろ「殺してくれ」と懇願されるという。『「子供を殺してください」という親たち』というタイトルは、決して奇をてらったものではないと著者はいう。

幾度も耳にするようになったこの言葉に、非常に危機感を抱いたからです。私はこの言葉の背後に、「面倒なもの」「危ないもの」「厄介なもの」を徹底して排除しようとする、家族そして社会の姿が見えるような気がしています。本当にそれでいいのだろうか?と強く思ったことが、筆を執るきっかけとなりました。(本書「あとがき」より)

 

もし、現在進行形の当事者が本書のこういった指摘を読めば、気分が悪くなり、本を伏せてしまうかもしれない。当事者でなくとも、親のせいにするのは可哀想、という思いがはたらくだろう。しかし一方で、親の深い関与によって子供が立ち直った事例も本書では紹介されているため、著者の主張には強い説得力があった。中でも最も私の心をとらえたのは、必ず過去に分岐点となった出来事があるという教訓だった。このことから私は、「教育は、可塑性の高い幼少期に、より本腰を入れて取り組む必要がある」ということを学んだ。

要するに、子供部屋に入るのが怖くなってからでは遅い、ということだ。軽い気持ちで放置すると、時とともに解決が難しさを増していく。子供が親との時間を必要としている時期に、親自身が大切だと思うことを「本気で」伝える姿勢が大事だ。そこで「本気さ」を示すことは、自分がいかに大切にされているのかを子供に気づかせることでもある。もしそこから逃げて、子どもの望みを満たし続けていると、共依存が生まれ、子供は満たされなければ怒るようになる。私は本を読んで遊んでばかりいる大人だが、それなりに自分が正しいと思っていることはある。それを懸命に子どもたちに伝えていきたい。他人から見れば、間違っていることも含めてだ。これが、第1章を読んで得た私なりの結論だった。

このように親として読む一方、鳥になった気持ちで、社会的な考察もした。もし著者の言う“親力がない親”が増えれば、親との軽度な共依存をひきずったまま社会人になるケースが増える。その場合、どんなに上司が諭そうとも、部下は自らを認めてもらうまで引き下がらないだろう。入社して数年が経っても非常識な行動が後をたたず、忙しいさなか、やがて上司は途方に暮れることになる。もう大人なので極めて可塑性が低く、ハッキリ言って手遅れなのだ。本来、親が担うべき役割を他人が担うことの社会的なコストは、計り知れないだろう。そんな未来がこないことを私は信じたい。

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