(第79回)水戸黄門様のくすり(その1)

山崎光夫

 水戸黄門といえば、天下の副将軍で、庶民の味方。
 テレビドラマでは、悪者退治の場面で三つ葉葵の紋所が描かれた印籠をお供が示し、
 「このお方をどなたと心得る。控え居ろう」
 の名文句はドラマのハイライトだ。

 この諸国漫遊をしながら悪者退治をする話は事実にはなく作り話ではある。だが、テレビでは人気を博した長寿番組だった。42年間放送されたという。

 言うまでもなく、水戸黄門は江戸時代・水戸藩第2代目藩主、徳川光圀(みつくに)のこと。
 この黄門様、テレビドラマが長寿番組だったのと同様、ご自身も長寿だった。生まれは寛永5年で、元禄13年に格別、長患いすることもなく死去している。行年、72歳。
 江戸時代の初期に72歳の天寿を全うすれば、たいへんな長生きであろう。今日であれば、90歳以上は確実に生きたはずだ。

 徳川御三家のうち水戸家は最も長命の家系である。
 ちなみに徳川15代いる将軍のうちで最長命は水戸家出身の徳川慶喜(よしのぶ)で77歳。次が初代の家康で、75歳だった。

 黄門は日本の歴史を俯瞰(ふかん)する『大日本史(だいにほんし)』の完成に情熱を燃やした。その熱意で藩の財政が傾いたといわれるほどである。
 『大日本史』の一方で、領民の健康を願い庶民向けの健康啓蒙書を発刊した事業はあまり知られていない。
 黄門は水戸藩医、穂積甫庵(ほづみほあん)に命じて漢方治療書『救民妙薬(きゅうみんみょうやく)』を元禄6年(1693)に刊行させた。
 藩内で入手しやすい薬物を用いた病気別の処方、397方を紹介している。いわば、“黄門版家庭療法集”。
 今日でも十分参考になる内容である。

   この『救民妙薬』の中に、「無病延命の術」が載っている。
 その概要は、鳥や動物に見習った生活のすすめである。鳥獣は飢えて食べ、満腹で止め、繁殖のため発情したときに性欲を満たし、欲がおさまれば止める。こうした自然の摂理にかなった、無駄のない生き方が大切だと説いている。だが、人間は食べものを見れば飢えに関係なく飽食し、色欲をもよおすと発情して際限なく欲に溺れる。
 こうした行動は、脾胃(ひい=消化器)を傷つける。
 また、元気づけの薬として、強壮薬を飲む。一時、元気になったつもりでいるが、臓器を損ない死に近づける行為である。
 強壮薬の服用は、「土仏(つちぼとけ)の水あそび」といえる。土で作った仏は水に溶けてしまうたとえから、みずから身の破滅を招くようなことをする意味。

 黄門様は土仏には程遠く、隠居所・西山荘(せいざんそう)において、テレビドラマさながら、健脚、大笑い、粗食の晩年だったはずだ。それはおそらく、この「無病延命の術」を実践したからだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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