アベノミクス「新3本の矢」の「肝」は何か 従来の「3本の矢」との違いや継承点は?

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そうした意味で、自然で妥当な目標設定であるとともに、これが第1の矢と位置付けられていることが肝要と思われる。というのも、これが実現しないと、新たな第2、3の矢である、子育て支援など社会保障充実が難しい、という認識を前提に政策運営が行われることを意味するからだ。

過去20年弱のようにデフレが続き、名目GDPが増えない経済状況は、他国との比較でも極めて特異であり、それが故に税収や保険料収入が増えずに、社会保障制度を揺るがしていた。そうした、これまでの負の流れを逆回転させていくという意味では、経済最優先のアベノミクスの根幹は、「新しい第1の矢」で担保されているように思える。

アベノミクスに対しては、「異次元の対応によって経済格差が助長される」など、ともすれば異次元の金融政策に負の部分があると決めつける論調が目立ち、そうした批判がクローズアップされやすかった。

実際には、デフレが和らぎ、2013年初頭から労働市場では新規雇用が100万人前後生まれ、企業利益は大きく回復するなど、経済状況は復調している。その成果が「新3本の矢」で加えられた社会保障制度の充実にも、いずれは波及するだろう。来年参議院選挙を控えていることもあり、こうした脱デフレと経済成長がもたらす正の側面をアピールする、政治的メッセージの意味合いが大きいのかもしれない。一部で懸念されている、アベノミクスの路線変更であるとの懸念は杞憂ではないか。

なお、筆者自身は、従来の第2、第3の矢については、ほとんど期待していなかった。第2の矢は、ボトルネックが厳しい業界に恩恵が集中する公共投資を中心に歳出増が偏る弊害があった。

さらに、2014年4月の消費増税と引き換えに公共投資が増えても景気刺激効果は限られ、増税のネガティブな影響が大きく脱デフレを阻害した。また第3の矢については、いくつかの規制や慣習の見直しやTPPへの取り組みなどが特定産業に影響を及ぼした可能性はある。実際には、過去2年半に起きた経済復調の大部分は、金融緩和強化による景気刺激効果で説明できるとみている。

筆者の推測に過ぎないが、公共投資主体の機動的な財政支出である従来の第2の矢が機能しなかった教訓を踏まえて、国民のニーズが強い社会保障関連に、政府支出をシフトさせることが、新しい「第2、第3の矢」として表れた可能性もある。そうであれば、歳出(税金)の使い道としては、長期的な観点で望ましい政策転換かもしれない。

総需要刺激策が求められる局面が到来

ただ、出生率上昇などの目標の妥当性や政策効果の検証がなければ、不要な歳出が増えることにもなりかねない。であれば、脱デフレが実現し名目GDPが増えても、不要な財政支出が増えてしまい、それが長期的に経済成長を阻害する事態も懸念される。ただ、このリスクについては、具体的な政策の中身次第だから、冷静に判断すべきだろう。

実際には、金融市場の焦点は、2015年夏場になってからの日本経済の回復の脆弱さにあり、最近の経済指標は筆者が想定していたよりも弱いものが散見される。8月にコアCPI(消費者物価指数)が小幅マイナスになったのはともかく、インフレのすう勢を規定する景気動向が芳しくない。「新たな第1の矢」である「2%インフレを伴う名目GDPの安定的拡大」を支える、総需要刺激策が求められる局面が訪れつつあるのではないか。

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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