初心の人、二つの矢を持つことなかれ

プロゴルファー/小林浩美

 NHKの番組に『100分 de 名著』という番組がある。あるとき、吉田兼好の『徒然草』をやっていたのだが、その中に、米国女子ツアー参戦時に経験したことが書かれてあった。
 それは、第92段に書かれている「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて、はじめの矢に等閑(なおざり)の心あり。毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へ」というくだりだ。意味は、「初心者は、2本の矢を持ってはならない。2本目の矢を当てにして、最初の矢にいいかげんな気持ちが生まれる。射るたびごとに、当たり外れを考えることなく、この1本の矢で決着つけようと思え」ということらしい。

プロは試合前の練習日にコースの下見をする。その方法はこんな感じだ。練習日はボールを2球使えるので大概フル活用する。ドライバーは良い球を1球目に打ったら2球目は打たないが、当たりが悪ければまた打つ。あるいは、バンカー越えなどをわざと方向を変えて打つ場合に2球目を打つ。セカンドショット以降は、グリーンの手前側と奥側に1球ずつクラブを変えて打つ。あるいは方向を左右に振って打つ。ボールがグリーンに乗っていても、アプローチやバンカーの練習も必ずする。それも満遍なくいろんな方向からやりたいのだが、プレー時間に制約があるので、この辺が難しそうだなと当たりをつけて打つか、自分の球筋によってグリーンの外し方に傾向が出るので、そちらから打ったりする。そして、グリーン上では、その形状に応じて旗が立ちそうな場所を何カ所か当たりをつけ、そこに向かって四方八方から転がす(2球使って何回も打てる)。

米ツアーに参戦してしばらく経った頃、アニカ・ソレンスタムと練習ラウンドをした。私はいつもどおり2球使ったのだが、アニカは1球しか使わない。失敗してもそこから続けて打っていた。試合で何年も回っているコースだったらそういう回り方もするが、初めてのコースでやっていた。私は驚いた。練習でも試合のようにその1球に集中し、真剣にやっていたのだ。ひるがえって私は、練習だからという気持ちがどこかにあったと思う。またプロになってからずっと何の疑いもなく、同じ練習方法を繰り返していたことを反省した。1球しか打たないアニカは、何の未練もなくさっと次のホールに向かう。「本番前の練習は今しかなく、少しでもコースにしがみついて下見をしよう」と思っていたのだが、少しむなしく感じた。と同時にアニカのやり方も良い方法に思えた。いくら練習してもコースを全部調べられるわけがない。1球勝負の試合に最も近い方法で練習すれば、気持ちも力の入り方もわかるし、どんな失敗をするのかも事前に体験できる。そしてそれを練習場で好きなだけ練習したらいいのだ。

『徒然草』には初心者のこととして書かれているが、プロも同じだと思った。

プロゴルファー/小林浩美(こばやし・ひろみ)
1963年福島県生まれ。89年にプロ初優勝と年間6勝を挙げ、90年から米ツアーに参戦、4勝を挙げる。欧州ツアー1勝を含め通算15勝。現在、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)会長。所属/日立グループ。
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