緊縮策を実施すれば経済は回復するのか--ロバート・J・シラー 米イェール大学経済学部教授

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しかし、カリフォルニア大学サンディエゴ校のヴァレリー・レイミー氏などの批評家たちは、「グアジャルドらの研究が到達した結論は、別種の逆の因果関係を反映している可能性があり、正当性を完全に証明し切れていない」と主張する。ただし、たとえ因果関係が逆であったとしても、政府支出の削減や増税が景気後退を招く傾向がある、という点に変わりはないだろう。

結局、緊縮策を評価する際の問題点は、エコノミストは完全な管理実験を行えないということだ。うつ病患者を対象にプロザックの臨床試験が行われた際には、研究者は対象者を実験グループと対照グループとに無作為に二分し、試験を何度も繰り返すことができた。だが、国家債務を研究する際に、このような実験を行うことはできない。

では、過去事例の分析からは有益な教訓は得られないのだろうか。緊縮策が不況を招くと予想するのには理由があると考えたマンデヴィルとその承継者たち(ケインズを含む)の抽象的な理由づけに、回帰せざるをえないのだろうか。

緊縮策に人々がどう反応するかを予測することができる抽象理論はない。私たちには、歴史的証拠を検討するほかに方法がない。そして、グアジャルドらの研究結果は、政府が慎重に判断して緊縮策を採ると景気後退を招く傾向が見られたことを示している。

政策立案者たちには、エコノミストたちが明確な解を出すまで何十年も待つ余裕はないし、そもそも明確な解などないのかもしれない。しかし、手持ちの証拠から判断すると、欧州をはじめとする国々の緊縮策は不本意な結果を生む可能性が高いように思える。

Robert J.Shiller
1946年生まれ。ミシガン大学卒業後、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号取得。株式市場の研究で知られ、2000年出版の『根拠なき熱狂』は世界的ベストセラーになった。ジョージ・A・アカロフとの共著に『アニマルスピリット』がある。

(週刊東洋経済2012年2月11日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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