(第34回)正確に誤るよりは、およそ正しくありたい

(第34回)正確に誤るよりは、およそ正しくありたい

『戦争と平和』の第3編、第4編で、トルストイは、ナポレオン率いるフランス軍とクトーゾフ将軍率いるロシア軍によって戦われた、ボロジノ会戦を描いている。

興味深いのは、「戦場におけるナポレオンの命令は、ひとつとして実行されなかったし、実行されるはずもなかった」という記述だ。兵士たちは、自らの判断で行動した。戦場でいま現在何が起こっているか、指揮官には正確に把握できない。だから、戦場の状況を正しく把握して命令しているわけではない。現場の兵士が、その場の状況に合わせて判断し、行動せざるを得ないのだ。

トルストイが記述するのは戦場の状況だが、企業も同じ状況下にある。特に巨大企業ではそうである。状況変化のスピードは戦場のほうが激しいが、問題の内容は、企業のほうがずっと複雑だ。巨大組織における意思決定の本質は、不完全な情報下でいかに意思決定を行うかである。これが、ジェームズ・マーチやハーバート・サイモン、オリバー・ウィリアムソンらの組織理論が強調する「限定的合理性」だ。フリードリッヒ・フォン・ハイエクの市場メカニズム論の根底にあるのも、現場の人間こそが現場の状況をもっともよく知っているという認識だ。

交戦中の司令部と前線の情報連絡は、もともと完全にはできない。だから、前線はいちいち司令部の判断を仰ぐのでなく、自己判断で動く必要がある。だから、軍の強さは、前線の判断力で決まる。

日本企業の経営論で言われる「現場力」とは、トルストイの言う前線兵士の判断力と同じものだろう。企業の現場において、企画・一般管理部門や経営者の指示によるのではなく、現場が自ら問題を発見し、解決する能力だ。これが強いことが、日本企業の強さの源泉だとされる。具体的には、品質改善、生産性向上、不良品減少、QC(品質管理)、小集団活動、カイゼンなどだ。

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