気仙沼「一生もののセーター」ができるまで

地方で「仕事を作る」とはどういうことなのか

全国からセーターを求めて人が殺到する会社の魅力とは (写真:Graphs/PIXTA)

地域社会にとけ込み100年企業目指す気概

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地域で主婦を集め、「いいものを編む会社」を起業し、1年で黒字になった会社の物語である。

著者はマッキンゼーのコンサルタントから、ブータン政府の首相フェローを経て、大震災後の東北に入り、気仙沼で「仕事をつくり出し」生活の循環を取り戻す営みに取り組み、そして見事に成功させつつある。

被災地の人々が、支援に対して「すみません」「ありがとうございました」と頭を下げる日々から決別し、働き、暮らし、そして納税して社会生活を送るという日常を形成したこの物語は、単に「大災害からの復活」の「よい話」ということではなく、地域社会で仕事をつくり出すことの具体性、ネットワークの重要性、ブランドをつくるプロセス、そして、そもそも健全な社会とはどういうものなのかを、実に明瞭に描いている。

著者は親交のあった糸井重里氏の提案で、漁師町では編み物が身近であることに着目しプロジェクトをスタートさせた。まず編み物作家、デザイナーなどと、かつて手編み品の産地だった、アイルランドの一地域(アラン諸島)を訪れる。そこもまた気仙沼と同様に漁師町だった。そしてその町の地場産業としての編み物の盛衰を調べる。

次に、「キリッと柄が立ち」「長持ちする糸」の原料を探し、オリジナルの毛糸を開発する。同時に気仙沼でワークショップを開き、編み手を集める。編み図を描く。スタートして5ヵ月でファーストモデル(MM01)を完成させた。つくるのに50時間から60時間かかる。価格は15万円。

最初の生産能力は4着。ウェブサイトで受注スタート。100件の注文があった。続いて東京での展示販売。順次増やしていった編み手は30人を超え、いまでは地元で店を開き、全国から人が「一生もののセーター」を求めて気仙沼にやってくる。

もともと「地場産業」といわれるものは、鯖江市のメガネなどが典型だが、家庭という小さな場所で、主婦が工程を担うことによって支えられてきた。この気仙沼ニッティングも同様だ。仕事は家でするが、定期的に集まり、技術の向上や情報の交換をする。みな下請ではなく会社のメンバーだ。

「何代にもわたって愛される」製品。「しっかりと暮らしの糧を得られる会社」「世界に知られていきますように」というメンバーの願いは、明らかに実現しつつある。本書の最後に、地元の40年かけて50万株のツツジの山を育てた人のエピソードが紹介されている。起業とは、確かに「種をまき、水をやり、木を育て」そして「森をつくる」ことである。100年続く会社を目指すメッセージを深い感銘をもって読み終えた。

著者
御手 洗瑞子(みたらい・たまこ)
気仙沼ニッティング代表取締役。1985年生まれ。東京大学経済学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ブータン政府の首相フェローを経て、2012年に気仙沼ニッティングを立ち上げ、13年から現職。著書に『ブータン、これでいいのだ』。

 

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