(第77回)ふるさと食の効用(その1)

山崎光夫

 「私はこのいわしで育ちました」
 と隣りに座った六十がらみの男性が言った。
 医学研究会の後、その流れで入った居酒屋で、いわしの刺身が運ばれてきたときの話である。
 千葉県出身のその男性は子どものころから食卓にいわしが上らない日はないくらい連日いわしを食べたという。いわしの刺身、いわしの天ぷら、いわしの煮つけ、いわしの焼き物、いわしの干物などなど……、いわしのオンパレードだった。
 九十九里浜から腐るほどいわしが獲れたという。余ったいわしは肥料として畑に撒いたほどだった。
 昨今のいわしの不漁からすると夢物語である。
 千葉出身の男性はまさにいわし育ちだった。

 すると同じテーブルにいた福岡県出身の中年男性が、
 「私はあごで育ちました」
 と言った。
 「あご」は飛び魚を指す。
 いわしずくめ同様、子ども時代、あご料理のオンパレードだったという。
 そして、2人は異口同音にしみじみと語った。
 「大した病気もなくこれまで丈夫に過ごしてこられました。これは郷土食のお蔭です」
 学校も休まず通い、仕事をこなし、家庭を築いてきた。その蔭には郷土食があったようだ。
 両人は特別、体格が良いわけではない。だが、郷土食には人を健康に育てる力があるようだ。

 ひるがえって私自身を考えてみた。私の郷土食は身欠きにしんである。出身地の福井で欠かせない食材のひとつに身欠きにしんがある。焼き物にも煮物にも欠かせない食卓の定番だった。
 私の子ども時代、この身欠きにしんをおやつ代わりに毎日食べたものである。冷蔵庫のない時代、台所に吊るされた竹ざるの中から身欠きにしんを1本取って、そのまま食べるのである。
 硬くて、脂濃いのが身欠きにしん。今なら歯がたたないが、子ども時代は平気で美味しく食べたものだった。
 身欠きにしんは、にしんの内臓と腹の身を取り払って2枚におろし、干したもの。
 そうとは知らず、子どもの頃から長い間、「干して磨いたもの」と解釈していた。身欠きにしんをよく見れば、確かに「身を欠いている」のである。

 身欠きにしんは良質タンパク食材の代表のようなもの。噛めば噛むほど味が出てくる。干上がっているように見えるが、水分が6割を占めている。チョコレートやスナック菓子のない時代で、身欠きにしんはふるさとのおやつだった。

 千葉がいわし、福岡があごなら、私はさしずめ「にしん育ち」である。この郷土食のお蔭で私も還暦を越えて数年を経るこの年になるまで、さしたる病気にも罹らずに来た。
 いま、あらためて言いたい。
 「ふるさと食、ありがとう」
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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