正義のアイデア アマルティア・セン著/池本幸生訳 ~震災後の復興に求められる正義の実践

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こうしたセンの正義のアイデアの源泉には、暮らしが良いか悪いか(貧困)を判断する際には経済学者が好んで用いる所得ではなく、「人が価値あると認める生活を送る」ケイパビリティ(自由と能力)を使用すべきだという持論がある。なぜなら、例えば高齢者や障害者や深刻な病気に罹(かか)っている人が、健常者と同じ暮らしの機会を達成するためには、より多くの所得を必要とし、この結果、ケイパビリティの欠如として捉えられる真の貧困は、所得から推定される貧困よりもずっと深刻になる恐れがあるからだ。

それでは、どのような種類のケイパビリティが人々の暮らしにとっては重要なのだろうか。そのリストを作成すべきだという議論に対して、センは批判的である。何が重要かはその時々の状況と課題に応じ、公開の討議を通して現実的な視点から決めれば良いと考えるからだ。その意味で、未曾有の災害による被災者の生活支援には、従来の制度や慣習の「リスト」に縛られることなく、失われたケイパビリティの回復を目指して最善を尽くすことがセンの正義論にも通じることになる。

素晴らしい翻訳を突貫工事で仕上げた池本氏があとがきで述べるように、震災後の日本が直面している問題を現実的に考えるために、センの正義のアプローチが必要なのである。

Amartya Sen
米ハーバード大学教授。1933年生まれ。印デリー大学、米マサチューセッツ工科大学、英オックスフォード大学、ハーバード大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)、ケンブリッジ大学などを経る。1998年ノーベル経済学賞受賞。

明石書店 3990円 666ページ

  

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