(第76回)休みについて考える(その2)

山崎光夫

 近所で新しく家を建てている。一戸建てのどんな家ができるのか。他人(ひと)の家ながら楽しみである。大工が入って連日、釘を打つ音が響き渡っている。
 その音がピタリとやむ時間がある。昼食を摂る昼休みは別にして、時間は決まっている。 10時から15分と15時からの15分である。
 見ていると、この15分間は一切作業をせず完全に休んでいる。座って柱にもたれている者もあれば、シートに横たわっている者もいる。
 同様の休憩のとり方は近所で庭木を手入れしている植木屋にもいえる。きっちり休み、しっかり休息をとっている。この習慣は徹底している。
 職人精神ともいえそうだ。大いに学ばされる。

 江戸時代の職人の場合、朝8時ころから仕事を始め、夕方の6時ころに作業を終える。午前と午後に休憩時間があり、おおむね1日、8時間労働だった。
 休日は、毎月、朔日(さくじつ。1日のこと)と15日。それに、5節句(ごせっく)だった。
 5節句は、人日(じんじつ。正月7日)、上巳(じょうし。3月3日)、端午(たんご。5月5日)、七夕(たなばた。7月7日)、重陽(ちょうよう。9月9日)をいう。
 この他の休日として、12月25日の仕事納めから、年明け1月9日まで正月休み。
 それに、7月11日から20日までの盆休みがあった。
 江戸時代の労働者は案外、きちんと休んでいたのである。

 孔子の言葉に、
 「百日の労(ろう)一日の楽(らく)」
 がある。
 百日働いたら、一日楽しく過ごすのがよいの意味。働くだけが能ではない、時には休息をとる気持ちも大事、という教えだった。
 江戸時代人はまさにこれを実践していたのである。

 以前、半プロの登山家と一緒に穂高に登ったことがある。私は慣れない山道を重いリュックを背負って歩を進めた。
 感心したのは登山家の徹底したその休み方である。
 疲労を覚えたころ、
 「少し休みましょう」
 と登山家は岩に腰を下ろして休んだ。そして、静かに息を整えて15分はまるまる休んだ。
 山深い中の15分は思った以上に長く感じられる。忍耐すら必要なほどだ。
 私は10分ほどで腰を上げてそのあたりを歩こうとした。
 そのとき、
 「もう少し休んでください」
 と登山家からやさしく注意を受けた。
 休みすぎるのもよくないが、徹底して休むことが登山の事故を防ぎ、疲労を最小限に抑えることを知ったのである。
 適度の休息で、私は山小屋までさして疲れることなくたどりついた。

 人生もこのように上手に休めば、息切れしないで送れるだろう。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。

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