妻の働く意欲を奪う!いつか来る「夫の転勤」 「夫婦セットで転勤」を認めるP&Gの真意

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P&Gの人事の回答はこうです。

「会社にとって、その土地でその人の能力、知識が必要だとか、人材育成上必要だとか、ビジネスニーズとして必要だから行かせるわけです。それは投資するに値するコストです」。

手厚くして甘やかしているわけではなく、成果を出して働いてもらうための支援は惜しまない、というスタンスなのです。

女性だけに優しいわけではない

P&Gの事例を出すと「外資だから日本のカイシャとは違う」とよく言われてしまうのですが、P&Gは新卒採用がベースでヘッドハンティングをせずに「生え抜き」で育てるという点で日本のカイシャに似ている点も多い会社です。もちろんカルチャーが合わなくて出ていかざるを得ない人はいるかもしれませんが、「せっかく採用し、育成した人材にはできるだけ長く働き、途中で何かあっても成長、貢献してほしい。人を失うのは大きなロス」という姿勢があります。

日本のカイシャでは、人事に関して本当の希望を言うとかえって意地悪をされるから本音は言わないだとか、黙っているのが良しとされるというカルチャーがありませんでしょうか。条件を出して叶えてもらえた人が「ゴネ得」と批判されたりもして、とかく異動についてのコミュニケーションは一種「文学的」な領域になっている気がします。

P&Gには常に全社員に対して「自分のキャリアはこうしていきたい」ということを上司とすり合わせる「キャリアディスカッション」の場が設けられています。転勤については「今なら行ける」「子どもが中学校くらいになったら行きたい」「できるだけ早くいきたい」などの希望が出せるようになっているそうです。

決して子供がいる人や女性が優遇されているというわけではなく、全員が普段から意思表示をしているという前提が大事なのでしょう。そして、必ず希望が通るというわけではないにしろ、それを上司やカイシャが受け止めてくれている素地があるわけです。

キャリア上の希望も満足に言えず、「来月からここにいけ」と言われたらその通りに引っ越しするのが当たり前だった日本のカイシャ。こうした「無限定社員」の在り方は、家族の事情、価値観が多様化する中でどこまで通用するでしょうか。

もちろん働く側も成果を出し、貢献を示さなくてはならない面もあり、会社に対応を求めているだけというわけにはいかないと思います。

でも、カイシャ側も、これからは男女ともに人材を確保するため、そして社員に成果を出してもらうための方策を考える必要があります。転勤に対する対応も、これまでの前例や公平であることを重視した一律主義から「多様化」していくことが必要かもしれません。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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