カダフィへの復讐は正しい選択だったのか--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト

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復讐が問題であるのは、それがさらなる復讐を呼び、暴力に暴力で応酬する循環を引き起こすからだ。復讐は定義からすると、さほど不道徳あるいは不当でさえなく、むしろ不法なのである。

復讐は、すべての人に同等に適用される法律あるいは一切の正式な法律にさえ縛られない社会で盛んに行われる。名誉に基づく規範は、法の支配と同じではない。法の支配は、必ずしもすべての人の正義感を満足させることはないが、暴力的な報復の循環を止めてくれる。

古代ギリシャの重要な教訓

古代ギリシャ人はこのことをよく理解していた。法律と正義の間の緊張を描いた最も偉大な劇は、アイスキュロスの「エウメニデス」である。この殺人と復讐の物語では“怒り”が正義を代表し、ひどい不正行為に対する復讐へと人々を駆り立てる。“怒り”の力を借りたオレステスは、父アガメムノーンを殺した母クリュタイムネストラに復讐する。オレステスは母を殺害し、暴力の循環が続いていく。

知恵の女神でアテネの守護神であるアテナは、12人の陪審団を伴う公正な裁判だけが怒りを鎮め、平和を回復することができるとの結論を下す。しかし、裁判が完璧であることはめったにない。この裁判では、陪審団は半々に分かれ、アテナが評決を下さざるをえなくなり、オレステスを無罪放免にする。この結果、怒りが要求する乱暴な正義は果たされなかったかもしれないが、法の支配が確立され、アテネは文明社会になった。

アテネの民主政は現代の民主主義とはあまり似ていない。それでも「エウメニデス」には、今も通用する重要な教訓が含まれている。それは、法律によって歯止めをかけないと、暴力に終わりは来ないということだ。これは2500年前も今も変わらぬ真実なのである。

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