(第72回)居酒屋の話あれこれ(その2)

山崎光夫

 ミシュランに寿司屋やそば屋、おでん屋は紹介されているが、残念ながら赤提灯の下がる縄のれんの大衆店は出ていない。
 赤提灯の店こそ日本風情を味わう恰好の場であるのだが、庶民無用のガイドとあれば致し方ないのかもしれない。2000~3000円で飲める赤提灯居酒屋こそ真の語らいができる場所のような気がする。

 赤提灯の店はサラリーマンのストレス発散の場でもある。ここで飲んで大いに語り合い、鬱憤を晴らして翌日の仕事に励む。うつ病をはじめ、心の病がどれほど予防できることか。厚労省は縄のれんの店に補助金を出せと思うほどである。

 だが、最近、ここでもデフレや不況が影を落し、満員盛況は望めない。
 1990年前後のバブル期、飲み屋で7時過ぎて空席を見つけるのは至難の業だったものだが、今はまずそんなことはない。

 イギリスでは、食事もできる大衆酒場のパブが、近年、急速に減っているという。不況や人間関係の変化が影響しているらしい。
 また、フランスの若者たちがワインをあまり飲まなくなっているという。さらに、ドイツの若者にビール離れが進んでいるとも聞く。ビアホールに往時の賑わいはないようだ。
 各国とも、酒にまつわる事情は変わりつつある。

 さて、居酒屋の定番メニューといえば、ヤキトリ、おでん、もつ煮、これに、刺身、厚揚げ、肉じゃが、スルメなどが続く。日本風である。
 ところが、近頃はこうした定番メニューより、唐揚げ、ピザ、ポテトフライに人気が出ている。
 洋風のそれも、揚げ物に移行している。

 スーパーや居酒屋チェーン店のヤキトリはおおむね海外で加工し冷凍して運ばれているようだ。コストダウンがはかられ低価格で提供できる。
 だが、ネギマばかりは日本製という。鶏肉の間に葱(ねぎ)がはさまれているのがネギマ。鶏肉は冷凍できても、葱をはさんで一緒に冷凍は技術的にできないのである。
 従って、できるだけ手作りのヤキトリ屋に出かけたい向きはネギマの存在をチェックすれば、そうハズレはないだろう。ネギと鶏肉との口中ハーモニーは絶妙であり、これぞ居酒屋の味である。

 近頃、女性の一人客も目につくのが居酒屋風景のひとつ。しかも、よく食べ、よく飲んで、酒に強い。
 先日、ヤキトリ専門の居酒屋のカウンター席で医者の知人を待っていたら、満席でいつの間にか若い女性客に挟まれていた。
 件(くだん)の知人があらわれ、テーブル席に移動して、
 「若い女性から遠ざけて邪魔してしまった。ネギマならぬギネマだったな」
 と冗談を飛ばす。
 ギネとは医学上の略語で、正式にはギネコロギーといい、医者仲間では「婦人科」を指す。
 カウンターで女性=ギネに挟まれた姿はさしずめネギマに映ったのだろう。「ギネマ」にはめったに出会わない。
 その彼は焼酎のウーロン茶割りが定番。
 「おれはさしずめウーロン好きのウロの客だな」
 と言う。
 ウロはウロロギーで、「泌尿器科」を指す。実際、彼は泌尿器科も標榜している。

 こんな冗談を言いながら居酒屋で楽しく飲めるのも健康だからこそである。居酒屋は健康度もチェックできる場所だった。
 居酒屋に補助金の提供は無理でも、チップの少々をはずみたいほどである。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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