松下幸之助は「批判」に反論しなかった 聞く心によって「助言」に変わる

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松下は、これから百六十歳まであと八十年も生きようと気力満々、理想も高く掲げている。とても老害とは言えない。したがって「何も現役を退くことはないと思います」と私は答えた。

「うん、うん」と時折うなずきながら松下は聞いていたが、数日すると、その人と会う約束をした。

松下は笑顔でうなずきながら批判を聞いた

私はその場に立ち会わなかったから、あとからその場にいた人に、松下がどんな反論をし、どんな説明をしたのかと聞いてみた。すると「松下さん、引退すべき」という一方的な話を、松下は笑顔でうなずきながら聞いていただけだったという。

なぜ説明をしなかったのか、なぜ反論しなかったのか。そう考えたが、松下はほかの批判に対しても、言い訳や説明は一切することはなかったから、そのときもいつもと同じだったにすぎない。

そして、たいていの場合と同じように、その後、その人もまた松下への批判をぷつりと止めてしまった。

松下は批判に対する弁明が、新たな批判の誘因になることをよく知っていた。批判する者は最初から批判しようと決めているのだから、いくら正しいことを懇切丁寧に弁明しようと、聞く耳を持っていない。ソクラテスの力量をもってしても、告発者のメレトス、アニュトス、リュコンなどのアテナイ人たちを説得することはできなかった。説明し弁明すればするほど、いよいよ批判は激しくなる。これが世間というものである。

だから松下は、批判に対して弁明をすることはしなかった。しかし、そこまでであれば、同じことをしている人はほかにもいると思われる。もう少し考えを進めてみると、松下の常々語っていた「素直な心」という立場に立てば、次のように言えるのではないか。

批判に対する説明、弁明は、言い換えればその批判にとらわれたことを意味している。そもそも、十分考え抜いたうえで自分がやっていることとは言え、100%正しいということはありえない。とらわれない心、素直な心で受けとめれば、むしろ「そういう批判があるのなら、それを大切な意見として、さらに意欲的に行動していこう」と、積極的に聞くようになる。そのとき、批判は助言に変わる。感情的になることなく、素直に耳を傾けられるようになる。

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