就活オワハラ問題、労働弁護士の見方 法的な視点で考えれば、慌てる必要はない

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その最大の根拠は、国家のあり方を決めたルールである「日本国憲法」にある。憲法22条1項に定められている「職業選択の自由」だ。条文を引こう。「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とある。つまり、どのような職業を選ぶか、どこの企業に就職するかは自分の意思で決めることであり、誰からも干渉、妨害を受けることはない自由が、憲法上、保障されているのである。

そして、すでに内定を受けていたとしても、ほかによりよい就職先が見つかったのなら元の内定先の内定を辞退するのも完全に自由である。

民法で保証されている「退職の自由」

ところが、このように説明をすると、「内定とは、条件付きではあるものの、会社との間で成立する労働契約であるのだから、いったん会社との間で契約をした以上、学生が内定を辞退することは法的に許されないのではないか」という疑問の声も上がってくる。だが、これにも誤解がある。

なぜなら、労働者には民法で「退職の自由」が保障されているからだ。正しくは第627条である。

1.  当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する
2.  期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない
3.   6カ月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3カ月前にしなければならない

 

これは見落とされがちな点ではあるが、一度就職した会社を退職するのは労働者の自由である。退職するにあたり、退職の理由を告げる必要もなければ、会社の許可なども一切いらない。労働者が、辞めたいと思い会社に通知をすれば自動的に労働契約は解消される、つまり、会社を辞められる。そして、ほかの企業に転職をしていくことも当然自由だ。

このように、内定段階を通り越して、正式に企業に採用された労働者であっても、いつでも自由に退職し、転職することが認められているのだから、当然、内定の辞退も認められている。

一方、「法的には問題がないとしても内定を辞退することは社会人を目指す人間として不誠実な態度ではないか」。あるいは「これから就職活動を行う大学の後輩や大学の就職課に迷惑がかかるのではないか」と心配する学生も多い。

しかし、採用を求める側の学生がそのような心配をすること自体、本来はおかしなことである。なぜなら、労働契約は、使用者と労働者との間 の契約である以上、就職を目指す学生がより待遇のよい条件を提示する企業を目指して契約締結のために行動することはむしろ当然のことだからである。

企業の側で、もし優秀な学生をほかの企業に抜きん出て囲い込みたいと思うのであれば、オワハラなどと呼ばれるような嫌がらせをするのではなく正々堂々と学生が自社を選択するように魅力のある労働条件を提示すればいいだけの話である。

就職活動をする学生は企業の情報収集を怠らないことも大切だが、法的な知識も頭に入れ、みずからの立場や権利などを押さえておきたい。そうすればオワハラのような事態に直面したときにも、慌てずに対処できるだろう。

戸舘 圭之 弁護士

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とだて よしゆき / Yoshiyuki Todate
弁護士(第二東京弁護士会所属)。「ブラック企業」問題に取り組む弁護士が結集したブラック企業被害対策弁護団の副代表をつとめるなど労働事件に積極的に取り組んでいる。その他、民事事件、家事事件など一般事件を広く手掛ける傍ら著名な冤罪事件「袴田事件」の弁護人としても活動するなど刑事事件にも力を入れている。戸舘圭之法律事務所(http://www.todatelaw.jp/
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