一流の登山家は「日本一低い山」からも学ぶ 地球上の8000m峰を全て制した男の人生哲学

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一度は命の危機に瀕した山に、わずか1年で再び挑戦する。事故によって登山へのモチベーションが失われたことはないのだろうか。

「登りたいと思う山がある限りはモチベーションが失われるということはありません。そもそも、私は事故を『失敗』ではなく、『過程』であると考えています」

竹内氏は淡々とそう答える。

「私は14座登頂を達成するのに17年かかりました。その中では1度の挑戦で登頂に至らなかったこともあります。けれど、たとえ引き返したとしても、再びその山に登るならば、それは失敗ではなく、すべて登頂のための過程でしかない。私にとっての『失敗』は『死』。つまり、死なない限りは失敗ではないのです」

あらゆる「死に方」を想像し、回避する方法を考える

竹内洋岳(たけうち ひろたか)/プロ登山家。1971年、東京都生まれ。立正大学客員教授。高校、大学と山岳部に所属し、国内の登山の経験を積む。1995年、大学在学中に日本山岳会マカルー登山隊に参加し8000m峰に初登頂。以来、エベレストなど8000m峰を専門に登山活動を展開し、2012年5月のダウラギリ山登頂に成功。これにより世界で29番目、日本人では初となる地球上の8000m以上の山14座全ての登頂を達成した

登山には入念な準備が欠かせない。中でも竹内氏が重視していることは「想像力」を働かせることだ。それは何も自らが頂に立つ成功と栄光を想像するだけではない。むしろその逆。山の中で自分が死ぬ想像を徹底的に繰り返すのだと言う。

「死ぬ想像ができなければ、死なないことの想像はできません。思いつく限りのあらゆる『死に方』を並べ立て、それを回避するための計画を考えるんです。登山家はいかに多く『死に方』を想像できるかを競っていると言ってもいいかもしれません」

死を想像すると「恐怖心」が生まれる。普通の人なら死への恐怖心によって登山を怖気づいてしまいそうなものであるが、竹内氏は「恐怖心は登頂のためにとても大切な感情」と話す。

「私たちは恐怖心があるからこそ、登山中起きるかもしれない危険性を見抜き、それを回避する方法を探ることができる。恐怖心を敵に回すのではなく、味方に付けることで、成功への道筋が見えるのです」

油断と慢心が、命取りとなる。ビジネスにおいても、どれだけ具体的にリスクを考え、その対応策を事前に立てるかで、商談という登山口から広がるルートは無限に変化するのだ。

その落ち着いた口ぶりは、悟りの域すら感じさせる。世界の山の頂を登り尽くした男だから見える境地なのかと思えば、竹内氏は「14座登頂することがゴールではない」と言い切る。

「14座登ったら何が見えるのか。答えは14座以外の山でした。地球上には無数に山がある。私はそのうちの14座に登っただけ。世界には私がまだ登っていない山がいくらでもある。それは全て私の好奇心をかき立ててくれるものです」

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