東京メトロの安全は、あのiPadが守っている 電子化が進むトンネルカルテとは?

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iPadによる検査は、現場以上に、データの処理で劇的な変化をもたらしている。

これまではすべてを紙で処理していたため、前述のトンネルのカルテは、年間2万枚を超えていた。しかもこれらを毎年すべて保管してきた。検査で作成された膨大な枚数の紙をデータとして蓄積するまで、かかる時間も3カ月を要していた。

しかしiPadの導入によって、その期間は1日に短縮された。既にデータは電子化されているため、データのチェックを行うだけでよくなるからだ。

こうしてデータ化の負担が軽減されたことで、データの統計的な分析にリソースを多く割くこともできるようになってきた。変状の進行状況や傾向、要因の分析を素早く行うことで、リスク評価や将来予測されうる修繕の必要性、それを受けた予防的な修繕などの計画を立てることができる。

例えば、アルカリ性のコンクリートが中性化していく過程や漏水と、鉄筋への影響のように、トンネルの変状には関連性がある。もちろん河川との位置関係も影響してくる。

定期的な点検によって、どの箇所が、どのような変状の進行をしているか、というデータを追いかけることができると、その箇所に関して何年後に修繕が必要になるかを予測できる。

検査から予測判断を行い、修繕を行う。トンネルに対する点数付けを行うことと、その点数の経年変化を把握することによって、予防的な修繕を含む修繕計画の策定が可能になる。

iPad導入よる検査データの活用は、より長期間にわたる保全にもインパクトを与えている。

長年のトンネルとの付き合いを受け継いでいくシステム

変状の記録に加えて、検査結果をもとに行われた統計分析によって、現場での意見交換も可能にしている。特にベテランが持つ暗黙知を若手に伝達する効果は、精度の高いリスク評価につながる

前述のデータによる統計分析と可視化ツールによって、位置関係や変状度合いのグラフを作成しており、iPadによって現場でもすぐに確認できるようになった。

このことは、ベテランが持っている勘を、若手にデータとともに伝え、議論を交わす「暗黙知の共有」に一役買っている。ベテランは暗黙知の根拠を画面で示すことができるからだ。

地下鉄のトンネルは、戦前からある古い路線だから悪い、最新の路線だから良い、というものではないという。例えば銀座線は、長年にわたって手をかけてきたため、状態としてはかなり良いそうだ。

地質条件や作られた年代、線形などそれぞれの箇所によって特徴がある。これらの特徴が素早く数値化され、現場での深い知の共有に生かす仕組みは、長期にわたる安全管理に効果的に作用していくだろう。

また、iPadという共通言語は、海外の鉄道会社に対するシステムの導入にも役立つことが予測できる。例えば、2013年にベトナム・ハノイ市の都市鉄道運営・維持を、日本コンサルタンツとともに受注している(。

今後、海外の都市鉄道への導入する際にも、東京メトロ流の安全基準を満たす検査や修繕の仕組みを再現することが期待でき、日本の交通の安全を形式知として世界に広めることになるだろう。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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