(第70回)舌にまつわる話あれこれ(その2)

山崎光夫

 舌は味覚をつかさどる重要な感覚器である。

 味は甘い、苦い、塩辛い、すっぱいの4つの味から成り立っている。

 甘味は舌の先、塩味と酸味は舌の横、苦味は舌の奥で感じるといわれてきた。

 このため、苦い粉薬などはできるだけ舌の中央に置いて一気に飲むと少しは苦味を避けられるとはよくいわれる。

 ところが、これは俗説で、研究者によれば、それぞれの味覚細胞は2つ以上の味に反応するという。つまり、味覚は舌全体で味を感じていて、ある特定の場所で甘味や塩味など、各各の味を感じることはないという。

 しかし、実際、苦い薬を舌の奥を避けて飲むと、あまり苦味を感じないものだ。専門家の研究とはちょっと違っている。舌は正直で、やはり、俗説は生きているといえそうだ。

 さて、この4つの味のうち、ヒトが最も敏感に感じる味は、苦味である。次に感じるのは、酸味。それから、塩味。最後は甘味。ヒトは甘味には鈍感な生き物のようだ。

 甘味にはもともと鈍感なのでどんどんエスカレートして行きがち。昨今のスイーツブームは肥満と糖尿病の予備軍を増やしているともいえる現象であり、注意しなければならない。

 糖尿病は痛くも、かゆくもなく、自覚症状がないまま、いわば発病に鈍感で、深く、静かに進行する。

 甘味--というより近頃はスイーツという言葉がよく使われている。

 そのスイーツの人気はロールケーキやババロア、チョコレートケーキなど、洋物が主流。

 昭和の懐かしい時代は、甘味といえばぜんざいやあんみつなどであった。

 そのぜんざいで10杯食べればただになるという甘味処の店があちこちにあったものだ。ただし、お茶や水は摂れない。

 最初は顔が映るほどの薄いぜんざいが出てくるが、次第に濃くなり、甘味も増す。最後のほうは、器を逆さまにしても、ぜんざいが落ちないほどの濃さになる。

 どんなにぜんざい好きでも、大体、4~5杯目くらいからスピードが落ちる。ついに、6~7杯目でダウン。結局、損をするのがオチだった。

 ぜんざい好きの私も挑戦したが、5杯目で終わって、5杯分の料金を払った。

 しかし、ここにちょっとした技術、というか、裏技があるのをあとで知った。

 手のひらの窪みにあらかじめ塩を用意しておくのだ。ぜんざいが咽喉を通らなくなったら、塩を指の先につけて口に含むと再び甘味に立ち向かう“勇気”が湧いてくるという。

 ヒトは口中に塩が入ると、舌は塩味を感じて大量の唾液が分泌される。

 あのご飯を握っただけのおにぎりを遠足や行楽地で3つも4つも食べられるのは、塩味や梅干のためだ。ヒトは塩味を感じると、じわーっと唾液が出てくる仕掛けになっているようだ。このためおかずもなしに何個もおにぎりが食べられるのである。

 舌を鋭敏に保って、味を選ぶことが健康の基本であり、いろいろな味を堪能して食生活を充実させたいものだ。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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