ギリシャはユーロ圏に残ってよかったのか 永遠の割高通貨と半永久的な締め付け

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とはいえ、ギリシャがそうした債権者側の事情に付き合うためには「永遠の割高通貨」であるユーロと半永久的な緊縮政策を背負わなければならない。「離脱した方がギリシャのため」という主張を述べた際、「それはギリシャ国民の気持ちを考えていない」という反論を頂戴したことがある。しかし、筆者はそうは思わない。

確かに、ユーロを離脱したその瞬間は新通貨(ドラクマ)急落に伴う超インフレ、国際金融市場からの締め出し、消費・投資マインドの冷え込み等からギリシャ経済は深刻な景気後退を余儀なくされる。政局も流動化する可能性が高い。しかし、その代償として獲得する自身の金融政策と通貨は将来的な景気回復の切り札になり得る。

過去、債務危機に陥った国の事例において、成功したと言われる緊縮プログラムの多くが通貨安を伴っていたことを踏まえると、財政緊縮と通貨高の重しを背負いつつ状況打開を強いられるギリシャの現状のほうが無理筋に思える。結局、「残留」と「離脱」の違いは「他人に苦しめられるか」、「自分で苦しむか」の違いでしかない。後者の方がギリシャ国民のプライドが幾分か守られた上で、将来的な復活の芽が大きいように感じられる。

「解決」でなく「始まり」

もちろん、EUないしユーロ圏に残留することのメリットは大きい。巨大な経済圏において為替リスクゼロの商取引が可能となるし、国債金利も為替リスクプレミアムを除いた水準に抑制できる。また、ギリシャのように慢性的に物価が上振れしやすい国にとって見れば、共通通貨圏に属し、同一基準で認証された財が流通することになれば、より一物一価が徹底されやすくなり、物価が安定しやすいというメリットもある。

また、少額だが、EUに加盟していることで EU基金(正確には構造基金や結束基金)から域内格差是正のための補助金も受けられる。シェンゲン協定域内ならばパスポートコントロールが不要となり、人の往来が円滑になる。ギリシャのように観光産業が無視できない経済にとってこれは重要である。

だが、もはや市場からの資金調達が完全に閉ざされたギリシャにとって為替リスクゼロは現在進行形で享受しているメリットではない。また、EU基金からの財政移転にしても、それが十分に大きければそもそも今回の危機は起きていないわけで、さしたるメリットとはいえない。無理筋なポリシーミックスを受け入れて政情混乱に至った結果、市街地の不穏な様子が大々的に報じられ同国への観光客の足も遠ざかっており、シェンゲン協定の恩恵を活かせるような状況にもない。

もちろん、無事に「宿題」をクリアし、真っ当なユーロ加盟国として更生するならばそれがいちばんよい。これほど不遜な態度をとったギリシャを難なく同一通貨圏にとどめ、事態を軟着陸させることが出来れば、「多様性の中の統一(Unity in diversity)」を標榜する EUの面目躍如となることは間違いない。その意味で第3次金融支援のスタートと共に、EUとギリシャの将来を賭けた 3年間が始まったとも考えられ、現状が万事解決などとはとても言えない。むしろ、今が始まりなのである。 

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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