英国よ、「ノルウェーの過ち」を繰り返すな 「イスラム的思想」の排除はするべきではない

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イスラム教やその信者に関する今日の考え方との共通点は指摘するまでもない。「イスラム化」の脅威にさらされているとされる西洋的価値観の代名詞として「啓蒙時代」という言葉をしばしば使うように。

イスラム教信者の詐欺師、国家の内部における国家、溶け込むことが不可能であること、強力な世俗主義者が善悪の区別がつかないイスラム教徒たちをその信仰から解放する必要性などについて、警鐘を鳴らす人が今日でも存在するように。

ノルウェー憲法の間違った反ユダヤ的条文には学ぶべき教訓がある。また、同憲法はわずか数十年後に破棄されていることも同時に指摘しておきたい。

最も重要な教訓は、他人が何を考えているかをこちらで勝手に決め付け、それに基づいて他人を評価することは愚かであり、実に危険であるということだ。

特定の思想を禁止する危険性

欧米には、イスラム教徒の移民やコーランを禁止したいと考える大衆主義的な扇動家がいる。テロに関する漠然とした不安が中東から漏れ伝わり、こういった扇動家の支持者はそれにあおられて拡大を見せているのかもしれない。だが、まだ社会の多数派にはなっておらず、欧米が「アラブ化」、もしくは「イスラム化」の切迫した危険にさらされているとする考えは、主流といえるまでには至っていない。

にもかかわらず、現代の主流の政治家でさえ、時には善意から、1814年のノルウェー憲法制定会議のメンバーと同じような過ちを犯す危険がある。たとえばキャメロン英首相は、イスラムの過激思想を推進、あるいは賛美すると政府が見なした表現を禁止して、取り締まろうとしている。「われわれの価値観を拒絶する者は、その手段の暴力性のいかんを問わず」起訴される、と彼は宣言している。

キャメロン首相が言っていることはもっともだ。「民主主義と寛容さ」といった「重要な価値観」はけっこうなことだし、それらを守っていく必要はある。だが、特定の思想を禁止したり、あるいは単にそれらを表現しただけで人を罰したりすることが最善の手段であるとは、どうしても思えないのだ。

週刊東洋経済2015年8月1日号

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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