習近平国家主席の"笑顔"に隠された思惑 地図で読み解く、主導権を巡る駆け引き

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一方、AIIBが実際に効力を発揮するには、用意した1000億ドルをそのまま使うわけではなく、それを原資として世界中の金融市場で融資を募らなければならない。ヨーロッパ諸国の中で、イギリスが真っ先に手を挙げたのはそれがあったからだ。イギリスには世界に冠たる金融市場「シティ」が存在している。イギリスとしてはAIIBに入り込んで、ある程度これをコントロールすることで、シティでの融資募集の手数料が入るとの思惑がある。

イギリス以外のヨーロッパ諸国でも、単なるビジネスチャンスのひとつという認識でしかないだろう。しかしながら、たとえ1000億ドルを担保に融資を募るとしても、これまで述べてきたように、中国経済の先行きは不透明でむしろマイナスイメージが強い。加えて、スプラトリー諸島では島を破壊し、埋め立て、拡張して自然環境を破壊してまで、自己の領有権主張を押し通そうとする中国に対する周辺諸国の反発は根強い。

中国はこの海域で7つの岩礁を事実上支配し、2014年1月ごろから埋め立てを始めた。中でも最大規模の人工島はファイアー・クロス礁だ。ここでは3000メートル級の滑走路を建設中で、ペンタゴン(米国国防総省)の予測では2017年から2018年頃には完成するとしている。

広大な南シナ海に3000メートルの滑走路を持つ意味は大きい。港湾、燃料貯蔵施設と併せて運用することで、戦闘機や爆撃機の展開・補給基地にできる。このまま事態が進めば、南シナ海全域の制空権は中国が掌握することになってしまう。

さらに、南シナ海の深度が問題となる。この海域の海底は地形が複雑で深いところでは4000メートルある。海洋作戦に欠かせない潜水艦にとっては敵から身を隠すために好都合であるのは間違いない。中国にとっては南シナ海を聖域として、他国を入り込ませない地勢的条件が整っていると言えるのだ。

米軍は南シナ海で中国原潜の監視を強化しており、米軍機に対して中国戦闘機がスクランブルをかける事態も生じてきている。最近、日本との間で策定した新たな日米防衛協力のガイドラインには、南シナ海の情勢変化に対応することを含んだ共同ISR(情報収集、警戒監視、偵察)活動が盛り込まれており、自衛隊が協力する場合、哨戒機(しょうかいき)などの増強が必要となってくる。

現状では起債は極めて困難な状況

このように中国と日米が対立する状況の中で、国際金融市場での起債がはたして成功するのか、疑問視されるのは当然であろう。

一般的に、国際金融市場で1000億ドル規模の起債をするには、日本と米国の参加があり、確実な保証を行う条件を整える必要があるとされている。日本と米国がAIIBに参加しない決断を下していることは、すなわち現状では起債は極めて困難な状況だと言える。

したがって、中国としては少なくとも日本の協力が必要だと感じているはずだ。習近平主席が二階氏率いる3000人の日本人の前で見せた笑顔は、そう考えていくと納得がいく。日本の協力を取り付け、ひいては米国と日本の離反をもくろむ戦略的な笑顔だと見てよいだろう。

なお、拙著『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)でも中国などのアジア情勢の見方について触れているので、ご一読いただければ幸いである。

松本 利秋 ジャーナリスト

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まつもと としあき

1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。

ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)など多数。


 

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