駅長たまが愛されるのは当然の理由があった 素朴な三毛猫をスターに変えた和歌山電鐵

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地元とのつながりが緊密であることも、たまの人気の理由の一つだ。

貴志川線は、巨額の赤字を理由に廃止案を提示した南海電鉄から、岡山電気軌道(岡山市内に路線を持つ市内電車で、小嶋氏が代表を務める両備グループの中核企業の一つ)が100%出資した和歌山電鐵へ移管された路線。鉄道用地は和歌山県からの補助金を元として、和歌山市と貴志川町が取得し、同社に無償で貸し付けている。さらに、施設改修費や欠損の補助なども行っている。

6月28日に行われたたまの社葬では、和歌山電鐵社長・小嶋光信氏が弔辞を読み上げ、和歌山県知事、和歌山市長、紀の川市長も弔辞を寄せた(撮影:松本真由美)

たまの社葬で、知事、市長が弔辞を寄せたことを思い出してほしい。貴志川線の永続という点においては、自治体は和歌山電鐵と一蓮托生の間柄だ。和歌山県は重々しく、たまに爵位を授け、神様にまで祭り上げた。ただの遊びではない、地域振興への切実な思いもまた、たまに託していたのである。 

昇格という仕掛け

たまの後に続いた各鉄道も、地元とのつながりは、おそらく負けず劣らずに違いない。しかし、ここまで真剣に、動物駅長を使ったエンターテイメントを展開したところはない。これこそが、他社の動物駅長が、たまほどの幅広い人気を獲得できていない理由だと考える。 

和歌山電鐵はさらに、たまを昇格させるという仕掛けを、ほぼ一年ごとに繰り返し、飽きさせないよう話題の提供を続けた。これも駅長という真面目な地位を与えた、最初のアイデアが秀逸だったことを物語っている。ネコ駅長ではなく、人間と同じ駅長である。会社内での昇進は、多くの会社員にとっては深い関心事だ。

昇格のタイミングもまた絶妙だった。

ネコの寿命は15年前後だ。母ネコも飼い猫だったゆえ1999年生まれが確実なたまは、2015年前後には、その生を終える可能性があった。ほぼ最終的な地位と言える社長代理となったのは、衰えが誰の目にもはっきりしはじめた2013年。冷酷な見方のようであるが、和歌山電鐵は社葬までの道筋は逆算しつつ、きちんとつけていたように思う。

たまのイラストをあしらった、和歌山電鐵の「たま電車」(撮影:松本真由美)

もちろん、地元と和歌山電鐵が、たまに限りない愛着を持っていることには、誰も異論はなかろう。全国のたまファンも同じだ。もはやたまは、地域と貴志川線のシンボルでもある。「たま電車」やネコを模した新しい貴志駅舎が、それを象徴している。

たまの死後、後を継いだのは、元は野良猫だった三毛猫の「ニタマ」である。すでに2012年には貴志駅長代行兼伊太祈曽駅長に任命されており、今はたまの後任として、主に貴志駅で「勤務」している。

映画でもパート1と比べて、パート2、パート3は観客動員、興業収入が落ちるものとされる(例外はあるが)。ニタマも先代ほどの動員はできないかもしれないが、もはや和歌山電鐵とネコは切っても切れない縁で結ばれている。「ネコの電車」という確立されたブランドイメージは、これからも貴志川線を支えるに違いない。

土屋 武之 鉄道ジャーナリスト

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つちや たけゆき / Takeyuki Tsuchiya

1965年生まれ。『鉄道ジャーナル』のルポを毎号担当。震災被害を受けた鉄道の取材も精力的に行う。著書に『鉄道の未来予想図』『きっぷのルール ハンドブック』など。

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