一枚のハガキ --新しい道を切り開く、折れない強い心が必要《宿輪純一のシネマ経済学》

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 すでにこの映画と同様に中年兵(32歳)であったが年下の上官に、木の棒で気が遠くなるまでたたかれ続けたそうである。その頃の実話がベースとなっている。

戦争を自身のベースにしている作家に故城山三郎氏がいる。筆者は彼と少しだけ近い関係にあり、その考えを伺う機会があった。彼も戦争末期に特攻隊に参加させられていた。そのときの気持ちと考えが、後の彼のテーマになった。それは、その上官や命令を見て、軍隊という組織が人間を狂わすということであった。
 
 一人ひとりの上官はすばらしくても軍隊という組織の中で自分を失い、非人間的なことができるようになっていくということである。

しかし、この映画は、本当は戦争そのものが主題ではなく、その後の“悲惨な日常”がテーマである。実は、この映画のように、経済も、経営も、人生も予想できないひどいことが起こるものである。この映画は本当にひどいことを乗り越えていき、新しい道へと乗り出していく強さを与えてくれる。捨て鉢にならないところがまずすごい。

耐えるだけではなくて、乗り越え、新しい道を切り開いていくことが今、日本経済、そして日本人に現在、最も求められているのではないか。そして、乗り越えていく、折れない強い心が求められているのである。
 
 もちろん、新しいこと、変化、そして改革の許容こそ大前提であるが。個人的には、何もせずずるずるとダメになっていくという意味で、海外のメディアがよく使う「日本化」という言葉が大きらいである。

最終作とするのは、監督が最も自身の人生で言いたいこと、心に詰まったことなのであろう。監督は、軍隊という組織の不条理や戦争の愚かさも言いたいのだろうが、女性を巡るトラブルや争いの時間が妙に長い。この辺にも監督の人間的な生き方の指針を残している気がする。死別したものの往年の大スター・乙羽信子が最後の妻であった。

植物や自然が好きな筆者には、戦後の日本の緑も目にしみるものがあった。8月6日から公開され13日より全国拡大ロードショー。



    ©『一枚のハガキ』近代映画協会/渡辺商事/プランダス


しゅくわ・じゅんいち
博士(経済学)・映画評論家・エコノミスト・早稲田大学非常勤講師・ボランティア公開講義「宿輪ゼミ」代表。1987年慶應義塾大学経済学部卒、富士銀行入行。シカゴなど海外勤務などを経て、98年UFJ(三和)銀行に移籍。企画部、UFJホールディングス他に勤務。非常勤講師として、東京大学大学院(3年)、(中国)清華大大学院、上智大学、早稲田大学(4年)等で教鞭。財務省・経産省・外務省等研究会委員を歴任。著書は、『ローマの休日とユーロの謎』(東洋経済新報社)、『通貨経済学入門』・『アジア金融システムの経済学』(以上、日本経済新聞出版社)他多数。公式サイト:http://www.shukuwa.jp/、Twitter:JUNICHISHUKUWA、facebook:junichishukuwa ※本稿の内容はすべて筆者個人の見解に基づくもので、所属する組織のものではありません。

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