モスの「音楽レーベル」面白いけど厳しそうな理由 消費者のメリットは? バイト的にも魅力薄め?

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③音楽とサービス業のタイアップは苦戦の歴史だった

最後に、これがもっとも重要なのだが、これまで、飲食チェーンが音楽とタイアップしてきた歴史を振り返ると、それは苦戦の歴史だったことが見えてくる。

そもそも、こうした音楽への訴求は、直接的に顧客にとっていいことがあるわけではない。ブランド力の強化には寄与しても、商品の味や価格を左右するものではないのだ。一時的な話題で終わり、その後の展開を誰も追わなくなるリスクは拭えない。いくつか具体例を挙げよう。

「モスレコーズ」と似た取り組みに、マクドナルドが行っていた「Voice of McDonald’s」がある。これは、全国のマクドナルドの従業員が出場することのできる歌のコンテストで、ソニーとのタイアップで行われていた。もともとは、アメリカのマクドナルドで行われていた大会だったが、2010年、2012年には日本でも開催された。優勝者は、CDデビューなども確約され、マクドナルド店舗を使った販促なども約束されていた。

しかし、特に日本においては継続的な取り組みにはならず、自然消滅のような形で収束してしまっている。

音楽事業から撤退したスタバ、成功した無印良品

また、今回の取り組みと少し角度は異なるが、スターバックスが店内BGMのレーベル「ヒア・ミュージック」を立ち上げ、撤退した例もある。

「ヒア・ミュージック」は、2007年、アメリカで始まったレーベルで、コンコード・ミュージック・グループとタイアップした形で始まったもの。もともとは、スタバの店内BGMの事業から始まっていたが、ポール・マッカートニーのCDなどを発売し、一定の成功を収める。

しかし、本社自体の事業縮小に伴って、コンコード側に事業譲渡されて終焉してしまった。

今回の「モスレコーズ」とは若干異なる取り組みだが、飲食業と音楽事業とのタイアップは、なかなか成功例がない。

もちろんのことだが、モスバーガーに音楽ビジネスのノウハウはない。今回の取り組みでは、外部プロデューサーを起用しているとはいえ、思惑通りの成果につなげられるかは未知数だ。

一方で、こうした音楽とのタイアップが結果的に、顧客の誘引力となった例もある。

例えば、無印良品の店内BGMは、その1つだろう。「消費されるのではない、素朴な音楽」を掲げたBGMは、「無印良品」そのものの経営理念ともつながっていて人気で、2001年からCDが発売されているほか、各種サブスクサービスでも大きな人気を集めている。音楽レーベル自体が、無印良品という店舗のブランドを高めている好例だ。

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今後、モスレコーズがどのような展開を迎えるかはわからない部分が多いが、無印良品における音楽ビジネスの戦略は1つのモデルケースとすることができるだろう。

さまざまな例を挙げながら、「モスレコーズ」の取り組みについて、興味深い点と懸念点を挙げてきた。

モスレコーズには大きな可能性があると思う。ミュージシャンの卵の支援を通じて、従業員のやる気を引き出し、顧客との関係性を深める機会にもなるだろう。一方で、音楽の力を経営に取り込むことは一朝一夕ではいかない。それは歴史が示していることだ。「モスレコーズ」がどのような展開を迎えるのか。オーディションの行方を含め、注目していきたい。

谷頭 和希 チェーンストア研究家・ライター

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たにがしら・かずき / Kazuki Tanigashira

チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。

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