東京都が切り捨てたカウンセラーに広がる余波 江東区はSCを「有償ボランティア」として募集

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一方で勤続16年の伊藤みゆきさん(仮名、40代)は、今回の雇い止めで損なわれたのはSCの「継続性」だと言う。

実は伊藤さんは連載第2回で取り上げた都教委による「妊娠したら辞めてください」という指示を受け、不本意ながら子どもが生まれるたびに退職をしてきた。空白期間があるため正確なキャリアは「通算で16年」ということなる。

継続性が見込めない働き方は人材の流出につながる

自身が身をもって継続性の守られない働き方を強いられてきた伊藤さんは現在、都内の大学で心理職を目指す学生向けの講義も担当している。伊藤さんによると、都の雇い止め問題の“余波”は教室でも広がっているという。

「教え子たちが(雇い止めの)ニュースを見て『やばいですね』『SCってこんなに簡単にクビになるんですか』と話題にしていました。これでは奨学金が返せないと、心理職以外の就職に切り替える学生も出てきています」

継続性が見込めない働き方が早くも人材の流出につながっている。伊藤さんはそれはSCの支援の質にも影響を与えかねないとして、自らに問いかけるようにこう語った。

「SC自身が生活や将来への不安を抱えながら、(任用や評価の権限を持つ)学校や教育委員会と対立してでも子どもの利益を守るという判断ができるでしょうか。何より子どもや保護者の不安に向き合えるのでしょうか」

公立学校へのSCの配置が始まったのは1995年度。私が取材記者として働き始めた年でもある。当時、地域の中学校でいじめによる自殺が続いたことから、教育担当だった私は、全国的にまだ珍しかったSCからも積極的に話を聞いた。

このころの校内の雰囲気はどこもピリピリとしていて、先生に職員室の場所を尋ねただけで「取材は管理職に」と注意を受けるなど、学校はどこか閉鎖的な空間だった。しかし、SCは別。時間さえ許せば、守秘義務を守りつつも自らの裁量でいじめや自殺の背景を説明し、ときに雑談にも応じてくれた。決して口数は多くない、穏やかな雰囲気の男性SCだった。新人記者が問題を構造的に理解するうえでおおいに助けられたことを覚えている。

SC導入から間もなく30年。その実績や成果をあらためて検証することはあっていい。一方でカウンセラーは、AIが普及しても代替できない仕事の代表格でもあるという。

SCの仕事を、いずれは生活に困ったり、やりがいやアイデンティティを求めたりしないAIに任せるのか、あくまでも人間が担うのか。都のSC大量雇い止めは、私たちにそんな選択を迫っているようにもみえる。

藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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