一方、隣村のアメリカではイノベーションが起きて、iPhoneやGoogleが作られ、実質賃金も上昇した。
そして、日本はアメリカから新しい製品やサービスを輸入するようになった。生活は便利になったが、使ったお金は外に流れていくので自分たちの賃金には反映されない。これもまた、実質賃金が下がっている理由でもある。
少子化が引き起こす賃金上昇
春闘で大きく賃上げが行われたが、これには少子化の影響もある。応募者が減っているため、給料を上げないと新入社員を採用できなくなっているそうだ。
先ほどの村の例とは異なり、実際の社会では10人の生活を5人くらいの働く世代が支えている。今後、少子化が進んで働く人の割合が4人に減れば、結果的に賃金をあげることは可能になる。3000円の売り上げを5人で分ければ1人600円だが、4人で分ければ750円になるからだ。
しかし、それを実現するためには、AIなども活用して少ない人数で社会を回せるようにならないといけない。
『きみのお金は誰のため』にも、こんな話を書いた。
お金が稼げなくなるのは困る。AIの活躍する未来に、優斗は不安を覚えた。
ところが、ボスの考えはまるっきり反対だった。
「経済は、ムダな仕事を減らしてきたから発展できたんや」
「どういうことですか?」と七海がたずねる。
「昔は、大勢が鍬や鋤を持って、田畑を耕しとった。トラクターなんかの機械ができたおかげで、仕事は激減した。そうして手のあいた人たちが、新しい仕事に取り組んで、新しい物を作るようになったんや。七海さんの腕時計や、このケーキがいい例やで」
ボスの皿のシフォンケーキは、そのまま残っていた。
そこに添えられたミントの葉を見つめる優斗に、疑問が芽生えた。次々に欲しいものや必要なものができれば、仕事は増えるだろう。だけど、と優斗は思う。
「新しい仕事が増えなかったら、やばくないですか?」
当然の心配だと思ったが、それこそがお金に囚われている証拠だとボスは言う。
「百人の国の話と同じやで。僕らが食べているのは、お金やない。パンが必要なんや。ロボットが活躍して仕事が減っても、生産されるパンは減るどころか増えるやろう。それなのに、生活できない人が増えるなら、パンを分かち合えていないってことや。せっかく仕事を減らせたのに、会社のえらい人や仕事のできる一部の人だけが得をしているという状態なんや」
「分かち合う…ですか」
それは、優斗が考えたことがない視点だった。
(『きみのお金は誰のため』94ページ)
経済成長の本質は、不要な仕事を減らし、新しい価値を創造することにある。
新NISAも始まって投資熱が高まっている。より多くの視線が企業の活動にフォーカスされれば、イノベーションが起こりやすくなる可能性はある。
それと同時に、社会全体にも視線を向けて、持続可能な成長や公平な富の分配についても考える必要がありそうだ。
田内 学
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家
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たうち・まなぶ / Manabu Tauchi
お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家。2003年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブなどの取引に従事。19年に退職後、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など。
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