「絶歌」は遺族感情を踏みにじる危険な書籍だ 借り物文章のようで贖罪意識は極めて希薄

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彼の記憶力と文章力はかなりのもので、12才にして性倒錯者になったあたりの告白は、微に入り細に入っています。そこまで書く必要があったのかと思うほどですが、病気を強調することで、自分を正当化しているようでした。

そしてその割には、行きずりの彩花ちゃんはもちろんですが、自分に懐いていた、しかも自分の弟の友人の淳君をなぜ殺めたのかについては、ほとんどあいまいなままです。そして彼女と彼に(その遺族にも)許しを請う言葉は単調で少なく、懺悔する心はまだまだ十分でないと思いました。不必要なところで冗舌な割に、肝心な部分であいまいです。

加害者「少年A」をも思いやる、遺族の許しと思いやり

私は事件直後から発せられる淳君のパパと彩花ちゃんのママ(京子さん)のコメントや談話に、毎回、涙を流してきました。悲しい感情を抑え、事件の真相が知りたいと願う真摯なコメントは、両家が受けた傷口の深さを、かえって際立たせるものでした。

元少年Aは、彩花ちゃんと淳君の命日には、毎年手紙を書いていました。そしてそれぞれのパパとママは、それについてコメントを発表していました。

事件直後、京子さんは「夫やほかに子どもがいなければ、彩花のところに行って楽になりたい」と言っていました。その後、彩花ちゃんを忍ぶ彩花桜が、竜が台小学校の校門前に、地域の人の手で植林されたり、その小学校には寄りつけなかった京子さんが、「命の授業」などで講演するようになったことを、ニュースで知りました。

彼女は娘の死を無駄にしないために本を著し、それからご自身が立ち直る中で、多くのメッセージを発しました。それはいつも優しく前向きなのですが、涙なしには読めないものでした。「誰かが本気で彼にかかわっていれば、彼自身と彼の家族も不幸にならずに済んだのでは」(神戸新聞)という言葉に代表されるように、加害者をも思いやる言葉も発する人です。

そして今年の命日の手紙に対するコメントは、「奪ったものの大きさに、打ちのめされている様子が伝わってきた」(同)というものでした。淳君のパパは「もう(命日に寄せられる手紙は)いいのではないかと言われたほどです。

今回の一方的な出版は、このように元少年Aが事件を正面から受け止めて、贖罪の気持ちで生きていくだろうと、遺族が信じ始めようとした矢先の裏切り行為でした。元少年Aには、遺族から自分に向けられた“寛大な許しのメッセージ”は、全部届いていたはずです。

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