イクメンで行こう! 育児も仕事も充実させる生き方 渥美由喜著

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イクメンで行こう! 育児も仕事も充実させる生き方 渥美由喜著

時代を象徴するトレンドやムーブメントの1つに造語が挙げられるが、「イクメン」もその代表に数えられる。イクメンとは、近年ブームとなっている、育児休業を取得して積極的に育児を楽しむ男性のことだが、そこを切り口に仕事や社会のあり方に言及しているのが本書だ。

著者自身も育児休業を2回取得し、2児の育児経験がある。“イクメンの名付け親”ともいわれる。自分の子育てに熱心に取り組むのは当たり前で、一過性の流行が過ぎ去って定着してこそ、本当の職場改革が訪れると著者は提唱する。実体験から、男性が育児にチャレンジすると、ビジネススキルも大きく伸びると断言しているのが興味深い。

内容は、著者の育児経験や地域活動をデフォルメした架空の家族「平均(たいらひとし)クン一家」の様子が、随所に“オチ”がちりばめられたテンポの良いストーリー形式で進む。コミカルなイラストや独自の研究データなども交えて、イクメン・ライフの楽しさや苦労がわかりやすく伝えられる。公園デビューの失敗談や失業者と勘違いされる日々など、ユニークなエピソードの数々は涙と笑いを誘う。

一方で、最前線で働くビジネスマンのノウハウが十二分に詰まっていて、「育児から見えてくる仕事術」というのが、本書の根幹にある。そこで大事な要素は、著者の研究テーマでもある「ワーク・ライフ・バランス」と「ダイバーシティ」だ。

毎日18時に保育園に子供を迎えに行くには、どう仕事をすればよいか? といったタイムマネジメントから、予測不能な行動を見せる乳幼児の世話をすることで養われるリスク管理能力、言葉の通じない赤ん坊や地域社会での触れ合いで磨かれるコミュニケーション能力は、十分にビジネスに応用できる。「ライフ」を充実させることで「ワーク」がより生産的・効率的に運ぶノウハウを指南しているのだ。

しかし、現在の日本の職場では、イクメンは“ミュータント”扱いをされるのが関の山だ。表向きはワーク・ライフ・バランスを推進しているにもかかわらず、育休を取らせてくれない上司や、育休中の業務をサポートしてくれない同僚など、社内での理解は得られず、摩擦は絶えない。

長時間労働こそが美徳で、子育てなどしようものなら出世コースから外れてしまう、ましてやいい仕事などできるわけがない-といった固定観念が抵抗勢力として立ちはだかっている。そこで、著者は一貫して、マイノリティを大切にするダイバーシティの重要性を説いている。

著者のリサーチでは、育児休業を取ったことのある男性は3タイプに分かれる。まずは妻の尻に敷かれており、夫のサポートが必要な「家庭の事情があるタイプ」と、出世にこだわらず、周囲の評価を気にしない「マイペースタイプ」で、今まではこの2種類が多かったという。

注目すべきは第3のタイプで、最近は自他ともに認める「エース社員」の男性が育児休業を取得するケースが増えているというのだ。著者はこれを、エース社員像は高度経済成長時代の「滅私奉公タイプ」から「仕事にも生活にもこだわるタイプ」へと変化している、と分析。

「イクメンパラダイス」と評されるノルウェーと日本を比較した考察も興味深い。ノルウェーは男性の育児休業取得率が世界一高く、9割を超えている。日本はというと、政府は2017年までに「育休の男性取得率10%」を目標に掲げているが、現状は1%台。ノルウェーでは、夕刻になると仕事を終えた父親がベビーカーを押して歩く姿が珍しくない。ワーク・ライフ・バランス先進国であり、ダイバーシティが社会に深く根付いているからこそ実現できる。

このように、イクメン現象は個人レベルを超えて、より広域で高次元の社会変革の
きっかけになりうる。著者の貴重な体験を基に、イクメンという視点から個人のワークスタイルへ、さらには現代の日本社会が抱える問題に深く切り込んだ良書である。

日本経済新聞出版社 1680円

(フリーライター:小島知之=東洋経済HRオンライン)

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