(第64回)空腹の効用(その2)

山崎光夫

 空腹とは文字どおり、「腹が空(から)」の状態。胃の腑が空(そら)のように広々と晴れわたっている状態ともいえる。
 爽快感の反面、慣れない空腹に神経が尖りイライラする向きもある。
 だが、空腹を習慣とし気分的に飼いならしてしまえば、そう苦痛はない。空腹はもともと痛くもかゆくもない。空腹で胃痛を覚えるのは胃酸過多や胃潰瘍を疑わねばならない。
 空腹では精神が鋭敏になるので考えごとをするには格好。満腹では眠気を誘い、頭も働かない。思索に耽る哲学者に肥満は似合わないもののようだ。

 「腹が減っては戦(いくさ)ができない」
 とはよく言われる。だが、「腹がいっぱいでも戦はできない」のである。満腹では俊敏な動きはできない。試合の直前に腹ごしらえするスポーツ選手はいないのである。

 私が雑誌記者時代に「週末過食症」なるタイトルの下、取材を進めて記事にしたことがある。
 週末の土曜、日曜は、ウイークデイの生活から解放される。その解放感から起床や就寝のリズムも乱れ、食欲も解放されてついつい食べすぎ、飲みすぎに陥る。体重は増加し、消化のために内臓はフル活動を余儀なくされて疲労はたまる一方になる。
 すると、週明けの月曜日の寝起きは悪くなり、出勤も億劫(おっくう)になる。

 アメリカでは、
 「月曜日に造った車は買うな」
 という教えがあるというが、まだ本調子ではないときに製造した自動車は完璧ではないかもしれない。

 「腹八分に医者いらず」とは昔からの教え。
 腹七分に医者が泣き、腹六分で医者は死ぬともいう。医者を死なせてはかわいそうだが、腹八分の“ちょい空腹"は健康の基本のようだ。

 空腹の効用として最大のものは何を食べてもおいしいという実感が味わえ、食べ物への素朴な感謝も湧き起こる。さらに、料理を芯から堪能できる。「腹ペコに優るグルメなし」といえるだろう。

 時代は飽食の時代の真っただ中にあり、いくら気をつけても食べすぎの傾向をなかなか抑えきれない。ついつい食べすぎてしまうのは人間の業かもしれない。
 何もかも億劫、体が重い、やる気が出ない、すぐ疲れてしまう、疲労感が抜けない。こうした状態のとき、食べすぎを少し疑ってみてはどうだろうか。

 胃腸や肝臓が食べすぎで、道路に例えれば、「渋滞」に陥っている状態。これを解消するにはバランスのよい小食を心掛け、「渋」とは反対の、「巡」の状態を作り出す。
 「節電」ならぬ、“節食"で日々乗り切ってみるのも一法。「週末過食症」とは反対の、「週末節食作戦」の実践である。

 とここまで書いてきて空腹に見舞われた。料亭料理、フランス料理、中華料理・・・・・・。
 おいしい料理のあれこれが頭に浮かぶ。腹の減りすぎも問題だ。茶腹も一時というから、日本茶でも飲んで空腹感を紛らすことにする。
 言うは易く、行うは難し。食欲との戦いは永遠に続きそうだ。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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