"女対決"の台湾総統選、予見される勝者は ダークホースで登場の洪氏、対中戦略に弱み

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次世代のリーダーと長く目されてきた朱立倫・国民党主席は、1番人気だったにもかかわらず、かたくなに総統選に出ないことを表明。次の有力候補だった王金平・立法院長はやる気を見せたり、引っ込めたりで、結局出馬に踏み切れなかった。

さらに馬総統に近いと目される呉敦義副総統には世論の支持が集まらず、早々に出馬をしない意向を表明してしまった。背景には、民進党に完全に主導権を握られている最近の政治情勢に恐れをなして、勝ち目ない選挙には踏み切れなかった、という事情があったとみられる。

そんな情けない男どもを尻目に、キップのいい口調で「私は裏取引しない」「出るといったら出る」という歯切れのよさを貫いていた洪氏の評判が日増しに高くなり、民間委託の世論調査会社3社の平均支持率が46%と、足切りのハードル(30%)を楽々超えてしまった。

これで、洪氏の世論調査結果が低迷した場合の「党による指名」というシナリオを期待していたと言われる王金平氏や呉敦義氏も、結局何も言えなくなってしまったのである。

実は前途多難な洪氏の選挙戦

今後の選挙戦は、すでに訪米も成功させて大きく先行する野党の蔡氏に、与党の洪氏がチャレンジするという、いささか不思議な構図になりそうだ。その分「洪氏は負けてもともと、気軽に戦いを挑める」という利点を指摘する声も台湾政界では上がっているが、よく現実を見てみれば、洪氏にとって今後の戦いは、決して楽観できるものではない。

1947年生まれの洪氏は、大陸から渡ってきた外省人の家庭出身とはいえ、馬総統などのようにエリート出身ではない。洪氏の父親も国民党による白色テロで政治犯収容所に3年間送られたこともあり、経済的に苦しい家庭の出身でもあった。苦学して大学を卒業し、教師を十年ほど務めて政界に進出。立法委員を8期務め、文教族としてキャリアを積んだ。

台湾出身の本省人だが有力な一族の出身・不動産事業を広く行っている家庭で育った蔡氏と比べると、洪氏は庶民性が強いと言えるだろう。今回、総統候補に選ばれれば、党からの資金援助には一切頼らず、小額募金だけで選挙戦を戦うといった意表をつくアイデアも、洪氏は打ち出している。

しかし、洪氏の対中政策は馬英九総統でも手をつけなかった「両岸平和協定」を掲げており、中国との接近を今以上に指向している。もちろん台湾の一部の勢力は洪氏を熱狂的に支持するかもしれないが、台湾社会全体への訴求力という点では、このままでは大きく伸びることはないだろう。

台湾社会全体の「本土化」が進む中、中国と台湾とは一線を画した存在であるべきで、そのボトムラインが「現状維持」だと考えている世代が、いまや主流になっている。蔡氏はまさに、そのコアの部分に狙いを定めて政策を練ってきたのだ。

そういうわけもあって、洪氏が蔡氏に勝つ確率は、いまのところ決して高いとは見られていない。もともと出遅れていた国民党の選挙は、これまでのゴタゴタでさらに不利な状況に追い込まれている。

今回の世論調査でこそ蔡氏との比較で支持率が40%を超えるなど、比較的競った数値が出たが、これは洪氏への期待値が瞬間的に高まったことも影響している。今後、洪氏は自分にはない「本土色」が強い副総統候補の選出なども含め、早急な選挙対策の立案が必要になるだろう。

野嶋 剛 ジャーナリスト

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のじま つよし / Tsuyoshi Nojima

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞社入社。シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経験し、2016年4月からフリーに。仕事や留学で暮らした中国、香港、台湾、東南アジアを含めた「大中華圏」(グレーターチャイナ)を自由自在に動き回り、書くことをライフワークにしている。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮社)、『銀輪の巨人 GIANT』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま書房)、『タイワニーズ  故郷喪失者の物語』(小学館)など。2019年4月から大東文化大学特任教授(メディア論)。

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