老舗書店が創った「絵本グッズ」という新たな市場 エフェクチュエーション理論で読み解く(前編)

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弱みと思われているものを視点を変えて強みに転換させた点に、篠田氏の革新性を見て取ることができます。

「何ができるか」を知るための3つの問い

自分がすでに持っている手持ちの手段(資源)を活用し、それで何ができるかを発想して行動を起こすのが、エフェクチュエーションの行動原則の1つ「手中の鳥の原則」です。

ただし、どのような資源を持っているかは必ずしも自明ではありません。すでに持っているものに気づかなかったり、過小に評価して、手に入るかどうかもわからない不確実な資源を追い求めてしまうことは珍しくないでしょう。しかし、そうしている間にも手の中にいる鳥は逃げてしまうかもしれません。

そこで有効なのが、「私は誰か」「私は何を知っているか」「私は誰を知っているか」という3つの問いです。組織を単位として考えるなら、「私たちは」と言い換えても構いません。丸善の篠田氏に当てはめれば、次のようになるでしょう。

・私(たち)は誰か……企画開発の経験が豊富な丸の内本店の店長。老舗書店でありながらフロンティアとしての文化を創造してきたというアイデンティティ。
・私(たち)は何を知っているか……人に足を運ばせる絵本のコンテンツの力。ものづくりともの売りの知識と経験。
・私(たち)は誰を知っているか……出版社とその先にいる作家。絵本の世界観を愛し、理解している人材。

これらの資源をもとにすぐに行動できる事業アイデアが、「EHONS」だったのです。

このようにエフェクチュエーションでは、手持ちの手段で「何ができるか」という発想に重きを置きます。これまでの経営学、あるいは経営の現場では、目的を起点に「何をすべきか」というアプローチが主に用いられていました。

しかし、絵本の世界と高度に融合したグッズという、これまで存在しなかった事業や市場を新たに創造するような場合、最初から目的や、それを実現するための機会が明確になっているとは限りません。こうした不確実性が高い環境においても、目的ではなく手段に着目していち早く行動を起こせば、想像もしない出会いやフィードバックの機会が得られることを「EHONS」のケースは示しています。

次回は、エフェクチュエーションの5つの原則のうち、「許容可能な損失の原則」「クレイジーキルトの原則」「パイロットの原則」の3つの視点から、丸善丸の内本店の取り組みを見ていきます。

(構成:相澤 摂)

吉田 満梨 神戸大学大学院経営学研究科准教授
よしだ まり / Mari Yoshida

立命館大学国際関係学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。東京都立大学都市教養学部助教、立命館大学経営学部准教授を経て、21年より現職。専門はマーケティング戦略論。著書は『エフェクチュエーション』(共著、ダイヤモンド社)など。

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