「場当たりの達人」解散カードの恐怖

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「場当たりの達人」解散カードの恐怖

塩田潮

 菅首相は6月28日、民主党両院議員総会で「エネルギー政策が次の国政選挙の争点」と述べた。首相が「脱原発」を掲げて8月に衆議院を解散するのでは、という憶測が消えない。6月2日の内閣不信任案採決の際は、大震災被災地が選挙実施不能のために解散できず、菅首相は仕方なく「退陣承諾表明」という奇策に頼ったが、9月下旬か10月初めなら実施可能と見て「究極の延命策」を企図しているようにも映る。解散権は首相の政権維持の最大の武器だ。菅首相も野党時代、在任中に解散権を使う意思も覚悟もなかった村山元首相は評価できない、と語っていたという(朝日新聞・6月11日付朝刊「記者有論」)。

 一方、28日の首相発言を「解散意欲」と見ることについて、枝野官房長官は「深読みというか裏読みのしすぎ」と否定した。解散・総選挙への積極姿勢を政権運営や政局乗り切り、政権延命の武器として活用したり、野党や与党内の反対勢力との取引に使う首相の政治手法を「解散カード」という。首相発言も求心力維持が狙いで、ぎりぎりまで解散カードを駆使する戦法だろうというのが常識的な見方だ。だが、「場当たりの達人」でトリッキーな菅首相が「起死回生」「九死に一生」を狙っている可能性も否定できない。

 旺盛な政権欲は政治リーダーのエネルギー源だ。菅首相の「解散意欲」も理解できるが、解散・総選挙は、国民に信を問うべき課題、つまり国民にとってきわめて重要で、是非の判断を国民に委ねなければならない大きな政治テーマの存在が前提になる。「脱原発」「再生エネルギー活用」を掲げて勝負に出ようと考えるなら、これからの国民生活、産業社会、日本経済、世界情勢、地球環境などとの関係も含めて政策の肉付けを行い、将来像とそこに至るシナリオや工程表を明示した上で国民の信を問う必要がある。向こう1ヵ月余の間に付け焼き刃で用意しても、思いつき、その場しのぎと見抜かれるだろう。首相が自身の政権欲による延命の可否を国民に問うだけの解散・総選挙は愚の骨頂である。

(写真:尾形文繁)
塩田潮(しおた・うしお)
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
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