(第63回)空腹の効用(その1)

山崎光夫

 胃内視鏡検査を受ける場合、夕食後は物を食べない。12時間の絶食が基本なので、朝食も抜き。いわば、ミニ断食をするようなもので、誰もが体験する検査のための準備である。
 私もこのたび胃内視鏡検査を久しぶりに受けた。基本に従い朝食を抜いて検査に臨んだ。
 以前は胃壁が荒れ、ポリープも多いとの診断を受けていた。今回の結果はポリープも2~3個に減り、潰瘍の現象も見られないという。
 ひと安心だった。
 検査が終わって感じたのは、体の軽さ。頭も爽快で、心なしか疲れもない。珍しい現象である。

 この現象をあとで漢方医に聞いてみると、食事を抜いたために胃袋は空っぽで、高速道路に例えれば渋滞なしのスイスイ運転。肝臓も分解や解毒の仕事を休める。肝臓という、内臓の最大臓器である、“人体化学工場”も栄養や酸素を使ってのフル稼働をしないで済む。余力が出てくる。この余力が心身の爽快感に結びついたという。空腹の効用である。

 テレビをつければ、どこもかしこも物を飲んだり食べたりするシーンのオンパレード。テレビはいつからグルメやレストランの案内係に変身したのかと思うほどである。
 しかも世の中には食料品があふれている。これで、食べるなというのは無理な相談かもしれない。

 禅寺では、夕食のことを「石薬(せきやく)」という。古来の仏教では、修行中は戒律で昼を過ぎたなら食事を控えるのが基本。しかし、飢えや寒さは容赦なく襲うので、それを凌(しの)ぐために、腹部に温めた石を抱いたという。「抱き枕」ならぬ、「抱き石」である。その石の名残が石薬という言葉で残っている。
 石を抱いて空腹を凌げるのかと案じられもする。
 だが、寒い夜に湯たんぽを腹に寄せていると何か安心できた記憶もあるので、腹部を温めるのは心を静める効果があり、空腹も耐えられるのかもしれない。

 西式健康法で知られる西勝蔵は生前、食べ物を手に持ってそれを眺めて食べないことを楽しんだという。その不思議な光景を娘は日常的に目にしている。
 食べられるけど食べない楽しみ。
 この楽しみの神髄を知ったなら他の楽しみなど吹き飛んでしまうと口にしていたという。
 この境地に達すれば、まさに健康の名人である。空腹の効用を知り尽くしていたのだろう。

 糖尿病、高血圧などの生活習慣病が激増している現況を聞くにつけ、この飽食の時代にいかに食べないで暮らすかは現代人共通のテーマのような気がする。食欲との闘いである。

 ところで、胃内視鏡検査で空腹の効用を体験した私であるが、検査後、ランチにビールをプラスしてしまった。
 もし、医院に古代の仏教寺院同様、温められた「抱き石」が用意されていたなら、それで空腹を凌いで食事を抜いただろうか。
 できない相談だったと思う。健康の名人にはなれそうにない。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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