「高齢者は地方に移住したい」は本当か 人口移動だけでは社会問題は解決しない

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さらには、地方への移住促進のために、補助金を出すなどの提言もされています。

しかし、実はこれまでも地方自治体から、移住定住促進での金銭的インセンティブは色々と出されましたが、それだけで人の流れが変わることはありませんでした。

さらに「雇用延長によって高齢者の地方移住が減少している」という見方があるようですが、年金などの減少や今後の生活不安を考えると、「定年を迎えて気楽に田舎暮らし」などというのは、これからの高齢者にとっても高嶺の花になってきているとも言えます。であれば、やはり都市部にいられるまではいて、働けるだけは働こうという考え方になるのもうなづけます。

結局、無理やり人を地方へ移動させようと思えば、それだけインセンティブを用意し、関連施設整備などまで展開しなくてはなるのです。そうなると、地方に医療福祉の余剰ベッドがあるというだけで、地方に行けば良い、とはなかなかならないのです。

人口移動だけで、縮小社会の問題は解決しない

まとめましょう。今回の日本創成会議の提言も、前回の「若者よ地方へ行け」と同様、結局は社会問題を人口移動だけで解決しようというアプローチに無理があるのです。

やはり、問題の根幹は社会保障問題です。高齢者が増加し、必要となる医療・福祉、さらに年金含めた生活全般での受益と、それを支える負担の構造の見直しが必要です。

当たり前の話ですが、地方にベッドがあるからといって「もらった」としても、医療福祉にかかるコストはかかるわけです。今の水準をどの程度続けられるのか、そしてその場合には、誰がどのように負担するのか、全体の社会制度設計の見直しなくしては、人口移動の話だけで問題は解決しません。

非現実的なプランを考えるよりも、これまでも首都圏で議論されていきたように、医療関係者の人材育成を加速するために首都圏医学部の増設など含めた対応を進めることや、首都圏の団地リノベーションの問題と向き合ったりするのが現実的だと思います。さらに、高齢者になっても健康な生活を営むための施策を展開することもありえるでしょう。

一方、地方においても単に強制的に高齢者が来るようにするよりは、独自の医療福祉サービスによって、高齢者から「選択されるようなモデル」を目指すのがベストです。

先日お会いしたある福祉法人の経営者は、自治体がかつて整備したものの、使わなくなった温泉施設の横に「特別養護老人ホーム」を建設、温泉施設とトータルで独自経営し、人気を博しています。過去の「地方のストック」を活用し、魅力的な福祉サービスを実現しているのです。さらに食事なども周辺農家と契約して、地元にできるだけ資金が回す工夫をしています。

「東京vs地方」という構図で皆を追い込み、さらに行政施策の失敗を国民に押し付け、極端に言えば「移動しろ」と言い続ける政策がうまくいくとは思えません。何よりも、そのような「半ば強制的な政策」によって、地方が活性化するともまったく思えないのです。

重要なのは、送り込まれるのではなく、積極的に選択してもらえるような地方を作ることです。それは高齢者であろうと、若者であろうとまったく同じです。

木下 斉 まちビジネス事業家

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きのした ひとし / Hitoshi Kinoshita

1982年東京生まれ。1998年早稲田大学高等学院入学、在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長就任。2005年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業の後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学、在学中に経済産業研究所、東京財団などで地域政策系の調査研究業務に従事。2008年より熊本城東マネジメント株式会社を皮切りに、全国各地でまち会社へ投資、設立支援を行ってきた。2009年、全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。内閣官房地域活性化伝道師や各種政府委員も務める。主な著書に『稼ぐまちが地方を変える』(NHK新書)、『まちづくりの「経営力」養成講座』(学陽書房)、『まちづくり:デッドライン』(日経BP)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)がある。毎週火曜配信のメルマガ「エリア・イノベーション・レビュー」、2003年から続くブログ「経営からの地域再生・都市再生」もある。

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