だから欧州は移民問題を解決できない 自国の利益だけ追う閉鎖的政策の限界

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人が国境を越えて自由に移動できるようになり、貿易のスピードよりも速く機会の均等化が進むことになる。しかし反対派の意見は激しい。移民推進政策反対派の政党はフランス、英国で大きな支持を得ており、ほかの国でも同様の方針を持つ政党が大きな力を得ている。

もちろん、紛争地域や崩壊国家に住む絶望的な数百万人の人々にとっては、どんな危険を冒してでも裕福な国に亡命するしか方法がない。シリア、エリトリア、リビア、マリでの戦争は、欧州の地を求める難民数の急上昇の大きな要因となっている。こうした国が安定しても、ほかの地域が不安定になって同じことが繰り返される可能性は高い。

先進国がすべきこととは

経済的圧力も移民を生み出す強い力となっている。貧困国の労働者は、最低水準の賃金と思える条件であっても先進国で働く機会を歓迎している。残念なことに、左翼、右翼を問わず、現在の豊かな国における議論のほとんどが、外からやってくる他人を追い出す方法をテーマにしている。現実的なのかもしれないが、間違いなくモラルを守っていない。

また、気候学専門家の標準的予測によれば、地球温暖化が進むと移民の圧力は顕著に大きくなるという。赤道付近の地域は温度が急上昇すれば農業を持続できないほどに乾燥する一方で、北側は温度が上がれば農業生産力がさらに増大するとみられる。赤道に近い貧困国や新興国は深刻な気候変動問題に直面する。

豊かな国の大半において、移民を受け入れるキャパシティと寛容さはすでに限界に来ている。地球規模の汚染と商業的消費に関する不釣り合いな共有状態が大きな原因となっている先進国への憤りは、吹きこぼれる可能性がある。

残念ながら、この格差に関する話し合いは国内に集中したものであり、もっと大きな問題である世界規模の格差については注目されていない。先進国はほかの手段を採ることもできる。無料の医療や教育サポート、新薬の開発、債務の軽減、市場アクセスの向上、世界の治安への貢献ができるはずだ。ボート難民が欧州の沿岸地域に向かっているのは、今までのやり方が失敗している証左だ。

週刊東洋経済2015年6月6日号

ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

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Kenneth Rogoff

1953年生まれ。1980年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。1999年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001〜03年にIMFのチーフエコノミストも務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

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