(第61回)幻の話(その1)

山崎光夫

 人は得がたいもの、入手しづらいものとなると急に欲しくなるもののようだ。
 そのとき言われるのが、
 「幻の・・・・・・」
 である。

 たとえば、幻の名水、幻の日本酒、幻のラーメンなどなど、食べ物関係が多いのは、食こそ身近な関心事だからだろう。
 「幻」がついた瞬間、付加価値がつく。
 作り手も心得たもので、生産調整したり、お一人様1品限りとか、期間限定と銘打って、あの手この手で故意に消費者を飢餓状態に導いて売り上げを伸ばそうとする。

 世に幻の焼酎があると聞いた。焼酎にはプレミアムがつきやすく、平気で1万円の値がついて取引される。
 私が聞いた幻の焼酎は警視庁で販売しているという。
 警視庁のOBに聞くと、あると言った。警視庁内にあるコンビニ風の売店だけで販売されている限定品という。
 警視庁が製造・販売しているのではなく、業者が委託されて売っているようだ。
 私も一度は飲んでみたいと思ったが、そう簡単に警視庁内には入れない。まして酒を買いに来ましたでは、入り口で追い返されるのは必定。

 そこで、このたびそのOBが桜田門にある警視庁に出掛ける用事ができたと言うので、失礼な依頼ながら警視庁の幻焼酎の購入を頼んだ。
 数日後に黒いボトルが届いた。ラベルに、
 「薩摩芋焼酎 警視庁 桜田御門」
 とあり、皇居のお堀と桜田門をあしらった絵手紙風の風景画が描かれている。
 醸造元は鹿児島県日置市の酒造会社だった。原材料はサツマ芋と米こうじ。アルコール分25度。720ミリリットル。1500円だった。
 さて、その味であるが、くせのないスッキリ味である。鹿児島特有の芋芋しいところはない。平均的な味である
あえていえば、「飲んだら乗るなの味がした」のが幻の焼酎だった。

 ところで、健康対策でも幻はあるだろうか。
   いわば、「幻の健康法」である。
 先頃、90歳になろうという不妊治療を専門としている漢方医に会った。
 血色もよく、声にも張りがあり、元気、現役の「2ゲン」主義を継続中である。
 先生自身、漢方による不妊治療の基本を自分の日常に応用している。

 1 主に赤と黒の食べ物を摂取する
 ニンジン、トマト、カボチャ、小豆、黒豆、黒ゴマなどの食品類をできるだけ食べる。
 2 小魚を骨ごと食べる
 3 よく噛んで食べる

 さらに、自分にとって心地よい時間を持つように心掛けているという。
 「やるべきことを集中力を発揮してこなし、それが一段落ついたら作業のことは忘れてぼんやり過ごす」
 という生活態度に尽きるという。
 ガリガリとユウユウを自己操作して、メリハリをつける。
 集中と弛緩--。幻というのは何も特別なことではなく、実はごくごく身近な正しい生活が幻の健康法だった。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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