「異色」社長が牽引するタムロンのレンズ革命

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 それでも、60歳の高齢になっても徹夜をいとわない新井の背中を見続けた。社長室には、分厚い本の山。「多忙だし、読まないで積んであるだけだろう」と、高をくくっていた。ところが、ふとした際に医学関係の本を開けると、マーカーの線がびっしり。まさか。「次の本にも、その次の本にも、全部の本にマーカーが引いてあるんだよ。読破していたんだ」。以来、小野の口癖は「お父っつあんは化け物だ。やることに中途半端がない」。

何事にも徹底する新井の姿勢を受け継いだ小野は、02年の社長就任以降、社内改革を断行していく。中国での生産拡大もその一つ。05年には、役員会での冷ややかな意見をはね返して、本社に金型加工の大型工場を建設。そこに最新の設備を導入し、開発期間を大幅に短縮した。

一方で、超ワンマンだった新井のスタイルを反面教師としている面もある。創業社長が退いたあと、小野を含む3人の役員で責任分担する「トロイカ体制」を敷いた。執行役員制度も導入。取締役には全社の利益責任と10年先の仕事を考える役割を、執行役員には部門の数値責任を与えた。独断で暴走することを避けるため、「重要なことは合議する」方針だ。

コミュニケーションも重視する。朝8時に出社すると、社内を周回する。「さまざまな情報がいっぱい入ってくるから。社員も声をかけてくれる。おはようございます、というあいさつ一つ取っても、気持ちがこもる」。その際、社員の様子も観察する。バレンタインデーのお返しにブランド品の口紅をプレゼントしようと決心し、職場を回りながら女性社員のデータを集めたこともある。「普段何色を使っているのかな。ピンクの薄い色か、赤の濃い色か、ラメが入っているか、いないか。口紅を手渡すと、みんな驚いたよ」と、小野。観察やデータ収集も徹底しているのだ。

震災影響は限定的でも中国一極集中のリスク

安定して業績を伸ばしてきたとはいえ、08年の金融危機の影響で09年度の収益は急落した。10年度はA005のヒットで盛り返したが、11年度は大震災の影響をはね返せるのか。

被災した青森の3工場は軽微な損傷で済んだ。ただ、東北自動車道が一時通行不能になったことで、物流網が混乱状態に。そこで、小野はすぐさま専務をリーダーに20人の社員を集めて、物流・調達のプロジェクトチームを立ち上げた。青森の工場と物流倉庫、そして外注先工場との輸送ルートを確認し、東北道が開通するまでの運搬方法を模索した。

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