被災した地域医療再建に苦闘する医師と診療所、収入減や二重債務と闘いながら懸命の努力が続く

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 五十嵐院長が再建に力を尽くすのは「この地域から歯科診療所をなくすわけにはいかない」との使命感に基づく。隣町の歯科診療所は津波で流され、付近でもほかに歯科診療所再開の動きはないという。「私のところが再開しないと、この地域(鳴瀬・野蒜地区)の患者さんは歯科診療を受けることができなくなってしまう」(五十嵐院長)。

診療の一時休止にもかかわらず、五十嵐院長は4人の職員全員の雇用を守った。そして4月初旬には職員総出で1週間かけて床下からヘドロをかき出し、診療器具を整理し直した。

うれしい知らせも飛び込んできた。京都府歯科医師会が移動健診車を貸与してくれることになったのだ。5月9日から健診車を用いて各地の避難所で診療を開始。これまで歯の治療を受けることができなかった被災住民から喜ばれている。歯科診療所本体も、6月初めには診療を再開できそうだという。現在、五十嵐院長は歯科診療所に付属した部屋に泊まり込んで、復旧作業に従事している。


■五十嵐公英院長は、テント生活で歯科診療所復旧に取り組む

懸命の復旧作業が進む一方、被害の大きさに頭を抱えている医療機関もある。松島医療生活協同組合が運営する「松島海岸診療所」(宮城県松島町)では、震災前に稼ぎ頭だった歯科診療部門が津波による床上浸水で大きな被害を受けた。

職員や全国の支援者による復旧作業の結果、3月22日には歯科診療の再開にこぎ着けたものの、11台あった歯科ユニットのうち、復旧できたのは3台のみ。5月には5台まで稼働台数が増加したものの、震災後に歯科診療部門の来院患者数は半減を余儀なくされた。同医療生協では、デイサービス(通所介護)事業所も壊滅的な被害を受けたため、資金繰りが逼迫。銀行借り入れで一時的にしのぐ一方、上部団体の日本医療福祉生活協同組合連合会や全日本民主医療機関連合会などにも支援を求めていく考えだ。

東日本大震災では、自治体病院のみならず、民間診療所や民間病院にも大きな被害が出ている。独立行政法人福祉医療機構融資の大幅拡充が実現したものの、地域医療の最大の担い手である診療所や民間病院は従来の借入金を含む「二重債務」問題に苦慮している。気仙沼市医師会の藤田正廣事務長は「今までにない次元の財政支援策など、より踏み込んだ対応策を求めていきたい」と語っている。
 


■泥だらけになったカルテをめくる井上博之・松島海岸診療所歯科医師(65)

(岡田 広行 =週刊東洋経済2011年5月21日号)

※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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