聞き書 武村正義回顧録 御厨貴、牧原出編 ~バルカン政治家が語る崩れゆく古き日本政治

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聞き書 武村正義回顧録 御厨貴、牧原出編 ~バルカン政治家が語る崩れゆく古き日本政治

評者 野中尚人 学習院大学法学部教授

 本書の主人公は、バルカン政治家、ムーミン・パパ、「小さくともきらりと光る」など、ちょっと不思議な形容がついて回った政治家だ。

28歳で東京大学経済学部を卒業した武村正義氏は、自治省に入って7年間の役人生活を送った後、政治家へと転身する。八日市市長を皮切りに滋賀県知事、そして自民党国会議員となった。しかし、年功序列と派閥政治の縛りに反発し、自民党を飛び出して「新党さきがけ」の党首となり、細川護熙内閣では官房長官、さらに村山富市内閣では大蔵大臣を務めた。

小沢一郎氏とのライバル関係も注目されたが、その背景にあったのが大きな時代の変化、自民党支配の揺らぎである。

武村氏は自治官僚出身だが、地球環境問題や腐敗根絶などの政治改革に懸命に取り組むなど、いわば典型的な改革者の面があった。しかし他方で、官僚に対する信頼は厚く、彼らへの依存にも抜きがたいものがあった。大臣としての職務も、官僚機構に支えてもらえばなんてことはないかのように。

しかし、大蔵大臣としての彼は、いわゆるスキャンダル、そして政府機構改革の大きな波の中で、その対応に忙殺されるようになる。そして、部下からの適切な情報提供さえ受けられなかった彼は言う。「なんでもっと早く上げなかったんだ……」。役所の仕事の仕方を十分に知ってはいても、それでは対処できなくなってくる、そういう時代の変わり目だったのである。

もう一つの時代の変わり目は、「新党さきがけ」である。つまり、自民党内の派閥政治ではなく、政党間政治へと大きく舵を切った。自民党内での過度の年功重視や、経世会が支配する党内秩序への反発は明らかであった。まさに鶏口牛後を地で行くような話だが、まだ自民党が強固だった頃には、党を飛び出すことは大変な冒険だった。

彼の語り口は、独特の抑制されたものだ。飄々(ひょうひょう)とした風貌に似つかわしい。しかし本書では、時々これがまるで別物になる。特に、さきがけの結成に参加し、後に「排除の論理」で武村氏らを遠ざけながら民主党の結成を進めた鳩山由紀夫氏に対する口調は生々しく、そして極めて厳しい。これも「オーラルヒストリー」の一つの味わいかもしれない。

結局武村氏は、時代の大きな転換の中で、55年体制、あるいは官僚内閣制といった既存の政治システムのどこかを疑いながらも、官僚出身という自らのエスタブリッシュメントとしての出自を守りながら生きてきた。彼自身の苦闘が、さながら、崩れゆく古き日本政治の面影を宿していたかのように。

岩波書店 2940円 341ページ

みくりや・たかし
東京大学先端科学技術研究センター教授。1951年生まれ。東大法学部卒業。ハーバード大学客員研究員、東京都立大学教授、政策研究大学院大学教授を経る。

まきはら・いずる
東北大学大学院法学研究科教授。1967年生まれ。東大法学部卒業。東北大学法学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員などを経る。

  

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