アメリカの長期金利が低下するための条件は何か FRBがインフレ沈静化で重要視する指標とは

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最後に中立金利であるが、8月にNY連銀が問題提起していたことで注目されていたものの、今回は2.5%で中央値は不変だった。

中立金利は自然利子率(景気への影響が緩和的でも引き締め的でもない、景気に中立的な実質利子率)と中長期的なインフレ率などから算出され、厳格な値は存在しない。FRBが2.5%としている理由は、一般的に自然利子率がプラス0.5%程度であり、そこに物価目標であり中長期的なインフレの平均値でもある2%程度を足したものであると理解されている。

この自然利子率については、8月にNY連銀のスタッフが「実際はもっと高い水準にあるのではないか」という議論を巻き起こし、話題となった。その疑念は、多くのFOMC参加者が案じているとみられるが、現時点でドットチャートの形状に大きな変化はみられなかった。もっとも、中立金利の平均値は2.75%へと2回連続で上方修正(3月:2.58%→6月:2.66%)されており、2.5%に疑いを持つFOMC参加者が次第に増えつつあることが垣間見える。

もし、コロナ期前後の経済構造の変化が、インフレの発火点を引き下げたのであれば、それに伴って中立金利は高くする必要がある。今後、この議論は利下げが始まる際、政策金利がどこを目指して低下していくのかを考察する時に非常に重要になることから、12月12~13日のFOMCにおける更新も注視する必要がある。

アメリカの長期金利は低下するのか

仮に中立金利が上方修正されるようだと、短期金利の期待値(たとえば今後10年の短期金利の平均値)が上昇し、長期金利の上昇要因となる公算が大きい。こうした高金利の常態化は、金利(債券価格)と株式の相対感を踏まえると、株式市場にとって厄介な問題であろう。

それではアメリカの長期金利が低下するにはどんな条件が必要になるだろうか。もちろんそれはインフレ率の低下であるが、その実現には労働市場の正常化、具体的には労働参加率の上昇による人手不足解消を通じた賃金インフレの沈静化が必要になってくる。

幸い、8月の雇用統計では労働参加率がはっきりと上昇し、平均時給も緩やかな鈍化傾向を維持した。9月雇用統計(6日発表)以降も続けば、FRBはインフレ沈静化に自信を深め、金融引き締めの度合いを一段緩めると想定される。

そうなれば長期金利は低下に向かい、株式市場の流れは大きく好転すると期待される。反対に、金利上昇の恐怖が強い状況では、株式に慎重な姿勢が望まれる。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

藤代 宏一 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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ふじしろ こういち / Koichi Fujishiro

2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後、第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2015年4月主任エコノミスト、2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当は金融市場全般。

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