病気治療のカギ?「共生菌」が世界で注目される訳 難病・感染症予防のほか、「子の成長」にも関与

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このような腸内細菌と病気の関連は枚挙にいとまがない。

昨年8月には、ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、人工甘味料による血糖上昇に腸内細菌が関係しているという研究を『セル』誌に発表した。

昨年12月にはアメリカ・ペンシルバニア大学の研究チームが、マウス実験ではあるが、腸内細菌が産生する脂肪酸アミドの代謝物が、運動の際に腸神経受容体CB1を活性化して、脳内での神経伝達物質ドーパミンを増やして運動への動機づけを強化するという研究結果を『ネイチャー』誌に発表した。間接的ではあるが、腸内細菌が生活習慣病の発症や予防にも影響するというわけだ。

さらに、より社交的な人ほど、腸内細菌の構成が多様であるという報告もある。2020年3月に、イギリス・オックスフォード大学の研究者がイギリスの科学雑誌 『ヒューマン・マイクロバイオーム・ジャーナル』に発表したものだ。

社交的な人ほど、さまざまな経験をするため、腸内細菌が多様化しやすいのか、あるいは、ある種の腸内細菌が産生する物質が、血流に乗って脳内に入り、人間の精神活動を刺激するのかはわからない。いずれの可能性もあるが、後者の場合、人が腸内細菌に「操作」されていることになる。

生物の多くは微生物と共存する

近年の研究により、健康に対する見方が変わりつつある。生物は多くの微生物と共生しており、共生関係の乱れが一部の病気の原因となるのだ。

なぜ最近になって、こうした研究が増えているのだろうか。それは、スーパーコンピューターの進歩などにより、解析能力が飛躍的に向上したためだ。

共生菌のゲノムは複雑であり、人のゲノムよりもはるかに多くの情報を持っている。東京大学医科学研究所の井元清哉教授(ヒトゲノム解析センター長)によれば、「腸内細菌のゲノム量は人の10倍以上」だ。「最近になってようやく解析が可能になった」そうだ。

今後、さらに多くの共生菌のゲノムが解読され、その実態解明が進むはずだ。我々の健康観念は大きく変わる可能性がある。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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