疾走中国 変わりゆく都市と農村 ピーター・ヘスラー著/栗原泉訳 ~変貌の芯の部分とらえた物語風ノンフィクション

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疾走中国 変わりゆく都市と農村 ピーター・ヘスラー著/栗原泉訳 ~変貌の芯の部分とらえた物語風ノンフィクション

評者 阿古智子 早稲田大学国際教養学部准教授

 ロードムービーを観ているかのように読める本だ。登場人物の表情や言葉、風景や建物、町や村の様子が鮮やかに描かれ、音やにおいさえ伝わってくる。
 ニューヨーク・タイムズなどに記事を寄せるフリージャーナリストである著者は、2001~09年、中国で暮らした経験を基にこの「物語風ノンフィクション」を書き上げた。

構成は3部から成っている。第1部は北西部の辺境紀行だ。著者はレンタカーのチェロキー7250型「シティ・スペシャル」で北京から万里の長城をたどり、嘉峪関を越えてチベット高原にまで行く。短い期間に車社会が到来した中国では、ドライバー、自動車メーカー、警官、道沿いにある店、どれもが未成熟で荒削りだ。しかし、とてつもないエネルギーに満ちている。

第2部では北京北部の村で生活した日々をつづる。01年に2000元だったこの村の平均年収は06年には6500元に上昇する。自給自足の生活と農業が中心のこの地にもマイカー族が押し寄せ、民宿やレストランの経営、空き家のレンタルが行われるようになる。

物質的な豊かさが増す一方で、急激な変化に戸惑い、「否定しようのない悲しみ」を抱く人々の様子をそばで見ながら、著者は「個人の内面的な動揺こそ、もっとも深刻な問題ではないか。人々は他人と意味のあるつながりを持ちたいと願っている」と分析する。

怒濤の勢いで変貌する中国をじっくり立ち止まって見据え、芯の部分でとらえるのは容易ではない。中国と長くかかわる「中国通」であっても、それぞれの所属する組織や集団の人間関係に制約を受けて中国人や中国をイメージする。当然特定の位置からしか見えないものもあるが、本書のように、地元の人々と共に生活の苦労と喜びを分かち合いながらも、フリーの立場で、周囲から一定の距離を確保して得る視点は貴重である。

本書に登場する人物は自分の力で人生を切り開いていく。3部は南部の小都市、麗水市で働く出稼ぎ労働者たちを生き生きと描く。年齢を偽って働き始めた少女は、今では新米工員の2倍以上の給料を得ている。字も読めない組立ライン工から、熟練技術工を経て従業員10人の会社を立ち上げた者もいる。

著者の人を見るまなざしの優しさ、感情のひだを読み取る天性の才能が、こうした人々との出会いを可能にしたのだろう。

「中国は毎日何か新しい発見がある国だ。中国人もまた同じように感じているのだと知ることも重要な発見だ」。現状に満足せず、常に新しい学びを得ようとする人々を通して、考えさせられるものは少なくない。

Peter Hessler
フリージャーナリスト。1969年米国ミズーリ州生まれ。米プリンストン大学卒業後、英オックスフォード大学で英文学を学ぶ。96年、平和部隊(Peace Corps)に参加し、中国四川省の長江流域にある地方大学で2年間、英語教師として教鞭を執る。

白水社 2730円 392ページ

  

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