東京電力を蝕む巨額賠償、見えない被害「範囲」

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 実害や風評被害の基準作りも難しい。今回は、農作物の出荷制限や水田土壌汚染の可能性など実害も多く出ている一方、風評被害も多発。こうした被害を「深刻な物理的汚染や汚損を現実に伴う被害と風評被害、この中間に当たる被害を機械的に線引きするのは困難」(中所弁護士)。風評被害は定義を設けなければ、際限なく広がりかねない。

精神的損害を含める議論も予想される。事故の長期化により避難している住民の精神的負担は甚大。風評被害者が心理的打撃を被っているケースもあるだろう。

もう一つは「時間」の問題だ。事故が収束しない中、土壌などの放射性物質の量を図ろうにも警戒区域には入れず調査はほぼ不可能なほか、どの時点のデータを採用するかも難しい。長期間で被害が生じる例も予想され、指針はそれに対応する必要もある。

いずれにしても、範囲をどこまで広げるかによって「数兆円」とされる賠償額がさらに膨らむ可能性がある。

「指針外」訴訟も?

指針ができたとしても、その後のプロセスがまた悩ましい。指針に基づき、個々の賠償の認定と賠償額を算定するのは、審査会ではなく、法律上は東電と定められている。実際に東電の担当者が査定をするべきか議論の余地があるほか、査定方法や賠償額の見極めなどをどうするかという問題もある。迅速さを優先して簡便な査定にすると、今度は“火事場泥棒”的な申請者が出てきかねない。

東電にとって思わぬ盲点もある。指針から漏れた人や事業者が個別に民事訴訟を起こす可能性だ。こうした訴訟が起こった場合はその都度裁判所で争う必要があり、東電が「指針外訴訟」を大量に抱える可能性もある。

被害に伴う廃業者が出るなど、迅速な賠償は待ったなしの状態。そのうえで公平な基準作りと認定のプロセスをいかに進めるか。巨額賠償の道のりは果てしなく長い。

(倉沢美左 撮影:今井康一 =週刊東洋経済2011年4月30日−5月7日合併号)

※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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